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ズィーラ語

作者: 雉白書屋

「局長! これは……」

「ああ……間違いない。すぐに研究チームを立ち上げよう」


 その日、宇宙局に激震が走った。未知の電波をキャッチし、それを音声データに変換した結果、異星人の言語らしいことが判明したのだ。

 ついに訪れた異星人との交信の可能性に、一同は興奮を隠しきれなかった。世界中から科学者や言語学者が招集され、解読作業が始まった。


「ズィーラ、ズズラ、ムーン……これで『こんにちは』だな」

「ズィーラ語と名付けよう」

「では、相手はズィーラ星人というわけだな」

「ふふふ、ワクワクするなあ……」


 数か月が経ち、言語の一部が解読されると、その成果はすぐさま世界に向けて発表された。

 初めは反響も薄かったが、解読が進むたびにメディアを総動員し、大々的に報じた。人々の関心を引き、研究費を確保するためである。

 この思惑はメディアや企業とも一致し、やがてズィーラ語ブームが巻き起こった。書籍、教材、アプリ、グッズ――ズィーラ語関連の商品があふれかえり、大学には『ズィーラ語学』なる学科が新設され、家庭でもズィーラ語を学ぶ動きが見られるようになった。

 宇宙局は解読したズィーラ語を用い、異星人へ返信しつつ、さらなる解析を進めた。


「ズッイーラ……ズィラ……ズズイラァ……」

「これで、えー、『あなた方の星の文化にズズがあります』だな。ラライズ、ズイー」

「ズーイ、ズズズ、ラ……」


 しかし、奇妙な現象が起こり始めた。


「あれって、なんて言ったっけな……ズィー?」


 ズィーラ語を学んだ者たちが、母国語を思い出せなくなり始めたのだ。

 最初は単なる物忘れかと思われたが、どうやらズィーラ語を学べば学ぶほど、脳に変調をきたし、認識や思考そのものに影響が及ぶようなのだ。

 次第にこの異変に気づく者が増え、社会はざわついた。しかし、宇宙局と政府は事態をいち早く察知しながらも、それを公表しなかった。

 この事実が明るみに出れば、パニックを引き起こす。そう判断した彼らは、『集団催眠』や『ストレスによる現代病』と説明し、事実を隠ぺいした。

 人々はその発表を疑ったものの、ズィーラ語を使い続け、普及率は加速していった。『便利』すぎたのだ。ズィーラ語を使えば、誰とでも意思疎通ができる。外国語を覚える必要もない。

 やがて、政府はこの事実を公表した。ただ、国民を騙し続けることに心を痛めたわけではない。もはや隠す必要がなくなったのだ。

 その頃、人々は日常的にズィーラ語を使用しており、社会は完全にこの新しい言語で機能していた。

 自分の名前の発音すら忘れ、街中ではズィーラ語が飛び交い、「ズゥイー、ズゥイー、ズゥイー、ズゥイーホーム」という家族愛を歌った楽曲『ズゥイートホーム』が全世界で大ヒットし、全人類の言語が統一されつつあった。

 しかし、その便利さの代償も徐々に明らかになり始めた。


「ズゥイハエル」「ソレ、ズイダワ」「ズイズイズイ」「ズイイイイイイ」「ズッイ!」


 ズィーラ語の構造が単純であるためか、それとも定型文や単調な会話ばかりが好まれるようになったためか、あるいはそれもズィーラ語の特性なのか。

 人々の知能そのものが低下し始めたのだ。

 しかし、それを問題視する者はいなかった。人々はこの問題を認識する能力すら失い、もはや自分が誰であるかもわからなくなったのだ。個としての自己意識が曖昧になり、かつての文化や言語の記憶は徐々に消え去っていった。

 宇宙局に集まっていた聡明な学者たちも例外ではない。彼らも、まともな会話すら交わせなくなった。


「ズッ、イーラ……ズー……」


 ただただ、彼らはメッセージを送り続けた。どこか遠い星で、誰かに解読されることを願いながら。だが、それは彼らの意志なのかどうか。もはや、誰にもわからない。

 ズィーラ語は今もなお、宇宙の闇を漂い続けている。

 誰かが見出してくれる日を待ちながら……。

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― 新着の感想 ―
こういうSF大好きです。 宇宙語のメッセージというよく見るような題材を、こういう風に活かしてくるとは。とても斬新な発想で面白かったです。 途中の『ズゥイートホーム』でフフッとなりました。
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