花梨
貴方が笑っていればそれでいいと思う。
これは嘘じゃない。笑っている貴方が何よりも好きだ。
貴方の笑顔が見られればそれでいいと思っている。
ネタじゃない。虚言でもない。
だってそうだろう。
そういう人が、あたしみたいなのにも一人くらい居たっていいだろ。
けど、好けば好くほど、そんな自分が嫌になる。
しかし灰色の花に実る訳が無い。
結実の日が来る訳も故も無いのに、高嶺の白い花をただただ見つめる自分に嫌気が差してくる。
そんなもの、ただの自己愛だろう。
棘に刺さりたくないから、見つめるだけ。
しかし、見えている棘に触れたい人間がどれほど居るものだろうか。
誰かが言う声が聞こえる。
けれど、そうしなければ何も進まないものだろう?
そんなことはわかっている。
勇者という紙の上の人たちは、きっとそんな棘で作った傷が沢山あるのだろうから。
傷のひとつもないあたしなんて、そんなこと考える権利さえないのだろうに…。
そんな自分はお上品な人間だと思ってた。
そりゃまぁ、誰だって考えることかもしれないけど。
けど筆を取るたびに、それが鮮明になっていく。あるいは鮮明になってしまう。
思い出したくない。思い出したくない。
けども脳の中にはべっとりと染み付いている。
剥がれない。剥がせない。
剥がそうとすると痛い。
そりゃあそうだ、自分自身だから。自分の脳を自分で剥いだらまぁ多少は痛いだろう。
結局、無理に剥がそうとするだけ無駄で、どうせ剥がせないのだから諦める。
そして今日も昨日も不貞寝する。
すると睡眠中の無意識下で発生する記憶の整理中に、べっとりと張り付いてくる。
至極簡単に言えば夢に出てくる。
小難しく言う必要性など何も無いのだが、あえて回りくどいことを言いたい気分にもなる。
おかしい、理解出来ない。
指と指が絡みついてくる。
悔しくなる。何でこんなことになる。
そうして目を覚ますと、旋毛から足の爪までにびっしりと汗をかいている。
そして少しの嗚咽が静かな真夜中に混ざる。
自分はそこまでして…。
後に残るのは激しい嫌悪感と、隙間に挟まる嘲笑。そしてうっすらと積もる白い快感。
そうして雪のように冷たくなって、見捨てられた気持ちさえ凍り付いてしまえば良い。
それが一番良い。
叶わぬのだから、それで結構。
冷たくなって諦めるくらいが関の山。
そうじゃないか。それが一番、誰に取ってもしあわせなのだろう。
それで諦められない自分に呆れてしまう。
分かりきっているのに、頭の中を巡る回路に、諦めという単語が一向に出てこない。
貴方があたしのことを見る日をずっと待っている。
どうしようもなく情けない。
それでもいつかその時まで、貴方のそばにいるから。
邪魔だと思わなければ、ただそこに居させて。
居させてよ。
それで、邪魔になったら捨てて。
そんなぞんざいな扱いでいいから。
都合良く使って捨ててくれればいいから。
鼻をかむちり紙よりも軽くていいから。
お願い、お願いだからそばに居させて。
貴方の傍に居られれば、それだけで楽しい。
つまらそうして冷たくなって、気持ちさえ凍り付けば良い。
それが一番良い。
叶わぬのだから、それで結構。
冷たくなって諦めるくらいが関の山。
そうじゃないか。それが一番、誰に取ってもしあわせなのだろう。
それで諦められない自分に腹が立つ。
分かりきっているのに、頭の中を巡る回路に、諦めという単語が一向に出てこない。
自分自身に怒りが湧く。
貴方があたしのことを見る日をずっと待っている。
どうしようもなく情けない。
それでもいつかその時まで、貴方のそばにいるから。
邪魔だと思わなければ、ただそこに居させて。
居させてよ。
それで、邪魔になったら捨てて。
そんなぞんざいな扱いでいいから。
都合良く使って捨ててくれればいいから。
鼻をかむちり紙よりも軽くていいから。
お願い、お願いだからそばに居させて。
そばにいれば、それだけで楽しい。
酒のつまみにもならないような、他愛のない話でいい。
なんなら話してくれなくたっていい。
隣でなくてもいい。肌と肌が触れる必要なんて少しもない。
例えばそう、貴方がどこか彼方へと送る目線の動きが、若干解るだけの場所でいい。
誰かを、あるいはどこかを見るその視線だけで良い。
全てはそれで足りるから、それ以上なんて望まない。望めないから。望むべくも、望むわけも無い。
望む、意味も無い。
ただ少しだけ、少しだけでいい。
少しだけでいいから、あたしに気付いて欲しい。
あたしはここにいるんだって、貴方は分かりきっている。分かりきっているでしょう?
嘘じゃなく、虚言じゃなく、貴方とあたしはそんなに遠い存在じゃない。
欺瞞でも、自信でもない。事実。
そのはず。
ねぇ、貴方が呼び捨てにして、軽く小突くくらいに気を許せる相手なんて、そう居ないでしょう?
そうだって、言って欲しいの?
あたしは、そうだって言って欲しいの?
答えは帰って来ない。水底へでも沈んでしまったように冷たい。
そうしていつしか言の葉は凍りついて、徒花さえも咲かせず朽ち果てるのでしょう。
あぁ、もし徒花だけでも咲くのなら、貴方の瞳の中に少しでも映るのでしょうね…。
けれど、貴方に貰った花梨の喉飴だけは、未だに口に放る気が起きない。
口に放っても、吐き出してしまいそうな気がする。
口に放って溶かせる頃には、貴方への気持ちさえ無くなってそうで。
少なくとも、時間ばっかりかけて醜く膨れたこの感情が、飴玉ひとつ溶かした程度で無くなるわけも無いのだろうけれど。
そんな分かりきっていることでさえ、自分にとっては感情を抑えるためのよすがであるのだろう。
たまに古びた飴玉の袋を、手の上で転がしてみるのだ。
そうすると意外な程に心の根っこを強く掴まれる。
そうして明日が来るのでしょう。
また立ち向かわなければならないのでしょう?
貴女に振り向いて欲しいとは思わない。
思わないようにしている。
あたしの人生で最も素晴らしいことは、貴女に会えたこと。
あたしの人生で最も憎らしいことは、貴女に惚れたこと。
そうしてきっと腐り落ちるまで待とう。
いいよ。
待つのも、我慢するのも、慣れてるから。
だからさ。
傲慢だけど。
なんかあったら言ってよ。
あたし、貴女のことならなんでも知りたいんだ。
好きだから。
それだけ。




