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小さくて大きな恋物語シリーズ

貴方の仕業だとしても、幸せになれるなら……

作者: 宝月 蓮

 リヒネットシュタイン公国は元々ガーメニー王国の一部だった。しかし、ガーメニー王国の王子が臣籍降下し王国北東部に小さな領地を賜った。その後平和的に独立し、現在のリヒネットシュタイン公国となったのである。

 周囲に歴史のある大国が複数あるので、リヒネットシュタイン公国は公家(こうけ)の者と周囲の国々の王族達と政略結婚をし、同盟を結んで国を安定させた。


 そして今回、リヒネットシュタイン公国の公位継承順位一位、すなわち公世子(こうせいし)であるグイード・ハンジ・ツー・リヒネットシュタインの婚約者に選ばれたのが、イシドーラ・ブリュンヒルト・ツー・ライエン。ライエン侯爵家の長女である。

 イシドーラはリヒネットシュタイン公国の為、グイードの婚約者に選ばれた十二歳の時から公妃教育を受ける日々を送っていた。今年でもう公妃教育を始めてから五年になる。

 そして、グイードにも歩み寄ろうと努力もしている。

 しかし、グイードはイシドーラを邪険に扱っていた。


 この日イシドーラはグイードと交流する為、定例のお茶会に来ていた。しかし、部屋にはいつになってもグイードは現れない。

 イシドーラは諦めたようにため息をつく。アズライトのような青い目は憂いを帯びていた。

 ふわりと風が吹き、長い赤毛がなびく。

「イシドーラ様、その……」

 公宮の侍女が言いにくそうに口ごもる。

「もうお開きの時間よね。グイード殿下は……いらっしゃらないみたいだし、片付けてちょうだい。余ったお菓子は貴女達が食べて良いわ」

 イシドーラは困ったように微笑むだけだった。

「承知いたしました」

 公宮の侍女達は片付けを始める。

「わあ、流石は公宮のお菓子! 美味しい!」

「ちょっと、片付けてからにしなさい」

 侍女達は賑やかである。

「でも、ピーナッツのお菓子がありません。イシドーラ様はピーナッツがお好きでしたよね?」

「グイード殿下がピーナッツアレルギーなのよ。少しでもピーナッツが体内に入ると死に至るくらいに」

「あらら……」

 侍女達の会話をよそに、イシドーラはグイードが来なかったお茶会の場を後にするのであった。


 イシドーラが公宮の中庭が見える廊下を一人歩いていた。

 その時ある光景が見え、イシドーラはアズライトの目を大きく見開いた。

 中庭のガゼボに、グイードがいたのだ。


 艶やかなブロンドの髪にターコイズのような青い目。誰もが認める端正な顔立ちである。


 そして何とグイードはイシドーラと同い年くらいの令嬢と熱い口付けを交わしていた。

 ふわふわした黒褐色の髪にアクアマリンのような青い目。庇護欲そそる甘い顔立ちの令嬢である。


「やっぱりゲルタは可愛いなあ」

「まあ、グイード殿下、ありがとうございます」

 ゲルタと呼ばれた少女は嬉しそうに微笑む。

 彼女はリッチェル男爵家の娘で、公宮に行儀見習いに来ていたのだ。

「イシドーラじゃなくてゲルタを俺の妻にしたい」

「嬉しいですわ! でも、イシドーラ様はどうしますの?」

「こっ酷く捨ててやりたいが、あいつに仕事を押し付けていれば俺達は遊び放題だ。側妃制度を作ってイシドーラは仕事だけの側妃にでもするさ」

「素晴らしい案ですわね!」

 グイードとゲルタはイシドーラが見ていることなどつゆ知らず、楽しそうに下衆な笑みを浮かべている。


(まあ……)

 イシドーラの表情は曇る。

 イシドーラの中で、何かがプツンと切れた。


 どれだけグイードから邪険にされてもイシドーラは公妃教育を受け、リヒネットシュタイン公国の公妃になる覚悟が出来ていた。

 しかし、グイードは遊んでばかりで更にはゲルタになびき、イシドーラへの裏切り行為をしている。おまけに仕事や厄介事を全てイシドーラに押し付ける算段だ。


((わたくし)、何の為に頑張っているのかしら……?)

 アズライトの目からは思わず涙が零れる。

「イシドーラ嬢?」

 その時、イシドーラに話しかける者がいた。


 グイードと同じ、ブロンドの髪にターコイズのような青い目。美しいがどこか冷たい顔立ちである。

 ライナルト・エゴン・ツー・リヒネットシュタイン。グイードの弟で、リヒネットシュタイン公国の第二公子である。歳はイシドーラより一つ年下の十六歳だ。


 イシドーラはカーテシーで礼を()る。

 侯爵家の教育や長年の公妃教育の賜物で、美しい所作だ。

「イシドーラ嬢、楽にしてくれて構わない」

 冷たそうな見た目とは裏腹に、穏やかな声である。

「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません」

 イシドーラは体勢を戻して涙を拭う。

「君のことを見苦しいだなんて思ったことはない。それに、こちらこそ愚鈍な兄が申し訳ない」

 ライナルトは困ったように肩をすくめていた。

「全く、あの兄はイシドーラ嬢の何が不満なんだか。この国の公妃に相応(ふさわ)しいのはイシドーラ嬢しかいないのに」

 ライナルトはグイードとゲルタを見て憤慨していた。

「ライナルト殿下がそう仰ってくださるだけで、少し心が軽くなりましたわ」

 イシドーラは少し表情を和らげた。

「ライナルト殿下が公世子で、(わたくし)の婚約者なら良かったのに……」

 イシドーラは思わず呟いてしまう。

「イシドーラ嬢……!」

 ライナルトはターコイズの目を大きく見開いていた。

「あ……申し訳ございません……! 忘れてくださいませ。(わたくし)はこれで失礼しますわ」

 イシドーラは慌ててその場を立ち去るのであった。

(つい本音を漏らしてしまったわ……!)

 イシドーラの頬はりんごのように真っ赤に染まっていた。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔






 数日後。

 リヒネットシュタイン公国を震撼させる事件が起こった。

 何とグイードが殺されたのだ。

 その犯人はゲルタということになっている。

 何でも、ゲルタが作ったクッキーを食べたグイードは急に蕁麻疹が出て呼吸困難になった。公宮医が急いで応急処置をしたが、グイードは回復することなく死亡が確認された。

 グイードの死因はアレルギーによるアナフィラキシーショックである。

 ゲルタが作ったクッキーから少量のピーナッツバターが検出されたのだ。

 ゲルタはピーナッツバターは入れてないと必死に否定したが、リッチェル男爵邸の使用人からゲルタがピーナッツバターを使っていたと証言が取れた。

 よって、ゲルタはリヒネットシュタイン公国公世子であるグイードを殺害したとして騎士団に拘束され、地下牢へ入れられた。

 リヒネットシュタイン公家の者を殺害したので処刑が確定し、ゲルタは地下牢で泣き崩れていた。

 ちなみに、ゲルタ以外のリッチェル男爵家の者達はこの件に関係していないことが判明し、リッチェル男爵家の取り潰しは免れることが出来た。


 グイードが亡くなったことで、弟のライナルトが公世子になった。

 そして、イシドーラはライナルトの婚約者になるのであった。


「兄が亡くなってから、怒涛の日々だった」

「そうですわね」

 グイードの葬儀やゲルタの処刑が終わり少し落ち着いた頃、イシドーラはライナルトと二人きりでお茶会をしていた。

 グイードと違って、ライナルトはイシドーラを尊重してくれている。

 お茶会にも、イシドーラの好物であるピーナッツが使われたお菓子が用意してある。

 イシドーラはピーナッツ入りクッキーを一口食べた。

 そして、ある疑問が浮かぶ。

「ライナルト殿下……今回の一連の件は貴方が仕組んだことなのですか?」

 イシドーラがそう聞くと、ライナルトは意味ありげに微笑む。

「私はただ、愛する人を幸せにしたいと思っただけだ。その為ならば、手段を選ばず何でもする」

 ターコイズの目はやや仄暗く、それでいて真っ直ぐイシドーラを見つめている。

「それは……光栄ですわ」

 イシドーラは頬をほんのり赤く染めた。

(ライナルト殿下なら、リッチェル男爵家に潜り込んでゲルタ様がお作りになられるクッキーにピーナッツバターをこっそり混入させることは可能。おまけに、リッチェル男爵家の使用人を買収しておくこともライナルト殿下なら容易いでしょう。今回の件にライナルト殿下が関わっていても、関わっていなくてもどちらでも構わないわ)

 イシドーラは微笑む。

「ライナルト殿下、(わたくし)は貴方のお側にいることが出来て世界一幸せです」

 アズライトの目はキラキラと輝いていた。

 ライナルトのお陰で、イシドーラの強気で華のある顔立ちが輝くのであった。

読んでくださりありがとうございます!

少しでも「面白い!」と思った方は、是非ブックマークと高評価をしていただけたら嬉しいです!

皆様の応援が励みになります!

こちらはシリーズ過去作『それは確かに真実の愛』に登場したクラウスの両親の物語になります。

クラウスも惚れた相手の為に暴走しますが、父親であるライナルトもでした。この父にしてこの息子ありと言ったところです。

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