第九十九話 秘密の会合
「トリステスさん、大丈夫でしょうか」
「彼女なら問題ないとは思うがな」
そう言いながらも、アルも不安をぬぐい切れなかった。
「なんか引っ掛かんのかよ?」
「メトゥス=フォルミードは、俺達とは感覚が違う。例えば、実験で貴重なはずのものをそのあたりに放り投げ、報告に来た部下に対して人前で平気で打擲する。基本的に、自分以外の存在に価値を見出していないような、そんな感じだ。彼がどんな思考をするのか、正直、想像がつかない」
リラも頷いて同意した。
「私がこの街に来てずっと感じている瘴気の気配が、一番強くなるのは彼の館です。瘴気は悪しき感情から生まれると言われますが、彼自身がその源になっているような、そんな感覚があるんです。普通じゃない、と思います」
「そんな感覚があったにも関わらず、わざわざ普通じゃない人の研究の手伝いに立候補したってコトね、リラちゃん?」
「あぅ……」
まぁまぁ、とアルが苦笑する横で、ベルムが顔を上げた。
「そういや、トリステスの奴、メトゥスの傍に自分と同じような立場の奴がいたとか言ってなかったか」
「言ってたわね。一人、年のいった男がいた、って。トリステスは、フォルミードに歯向かう人間を暗殺してきた人間だろうって言ってた」
四人は言葉を見失って、互いに顔を見合った。
「……なぁに、無事に帰ってくるさ。あのトリステスだぜ」
ベルムの言葉に根拠がないことも、彼の威勢が空元気であることも分かっていながら、三人は同じように笑って応えた。
月が無いせいで、街全体が暗い。
トリステスは夜目を効かせながら約束した路地裏へと歩いた。
「……ここね」
明らかに廃墟になっている家屋に踏み込む。
中は入り組んでいて、いざという時でもすぐさま逃げるというわけにはいきそうにない。だが、そういうところでなければ人の目に触れるため、秘密の会合に相応しい場所ではある。
進んで行くと、少し開けた空間に出た。
「約束していた者よ」
「待っていたぞ」
声が違う。
「……誰?」
「名乗っていなかったな。儂はテスタという」
暗がりから音もなく姿を表したのは、あの老人だった。黒い衣に身を纏い、腰には短く真っ直ぐな刃の剣を二本帯びている。この国に来て、曲刀以外の剣を携えている者はあまり目にしてこなかった。
「私も名乗った方がいいのかしら?」
「トリステスだろう。ウェルサス・ポプリ音楽団の笛吹よ」
真の素性は知られていない――のだろうか。だが、ただ言わなかっただけかもしれない。
「私は、別の人と待ち合わせをしてここに来たのだけれど」
「アシヌム=フェヌム。かつてミネラ鉱山に務め、班長の座にあった男。メトゥス様の意にそぐわぬ行いによって職を失った。それ以降、街で不穏な企みに勤しむ者共と地下組織を結成しようと、今日まで暗躍してきた」
「過去形――ね」
トリステスは、じり、と下がりかけ、すぐに足を止めた。
既に自分達の住居は知られているだろう。
ここで引き下がり、無事に逃げおおせたとしても、フォルミードに反抗する組織の一員だということで糾弾され、襲撃を受ける可能性がある。
普段ならどうにでもなったかもしれないが、新たな命を宿しているモディがいる。
なんらかの形で、この場で、それを回避しなければならない。
「誤解があるかもしれないわね。私はただ、アシヌムという男に、貴重な品を見せてやると言われたからここへ来ただけよ。フォルミード商会に喧嘩を売ったり、この街に混乱をもたらしたりしようとはしていないわ。出て行けというのなら、すぐに仲間達と出て行く」
「そちらこそ、誤解があるようだ」
テスタが一段声を落とす。
「メトゥス様に弓引く地下組織もどきなど、取るに足らん。現に、当主が変わって今日まで、全て儂が一人で露払いしてこられた。儂はただ、そなたの身柄を預かりに来ただけだ」
「私の身柄?」
「正確に言えば、儂が使えるメトゥス様、その傍らにおわすウリナ嬢が、そなたを欲している」
ウリナ――あの頭の悪そうな露出狂の女か。影の組織に属して以来、様々な人物と関わってきたが、あそこまで見るからに奔放な人間はいなかった気がする。
「そなたは賢く、強い。常に一人で行動しながらも、いざとなれば周囲の状況を利用して逃げられるよう退路を確保し続けていたな。それゆえ、わざわざ第三者を利用して餌を撒き、こうしてこの場におびき出さねばならなかった。その若さで、たいした技量だ」
シュアッ、と鋭い金属音を響かせて、テスタが二刀を抜き放つ。
「だが、その技量ゆえに、儂との力の差は理解しているはず。おとなしく剣を捨てよ」
「……ひとつだけ、尋ねさせてもらうわ。貴方こそ、それだけの技量がありながら、なぜメトゥス=フォルミードなどという俗物に忠誠を誓っているの? もっと確かな立場にある者に仕えることも出来るはず」
「命の恩だ」
なるほど。
自分と同じか。
トリステスは覚悟を決めるしかなかった。
自分がアイテール王女に絶対の忠誠を誓い、身命を捨てても構わないと思っているように、相手はメトゥス=フォルミードのためならいつでも死ぬ準備が出来ているのだろう。たとえそれが、本人ではない者に端を発する埒のない命令であったとしても。
この手合いに言葉は通じない。
トリステスはケープの中から短剣を二本取り出した。




