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第九十八話 新しいおもちゃ

「何日か前に二人の演奏は聞けたんだけどぉ、本当は太鼓とか笛も加わるんでしょ? 聞いてみたかったなぁ」


 ウリナがねぶるような目つきでアルを下から見上げる。

 リラは自分に落ち着くように必死に言い聞かせながら、微笑を顔に貼り付ける。


「アルって言ったっけぇ? すっごくイイ声だったわよ、あんたも。いろ~んな声を聞いてみたくなっちゃうく・ら・い」


 ウリナが手を伸ばし、アルの体にわずかに触れた。

 その手を、すぐさまメトゥスが引っ張る。


「おいおい、俺以外の男を誘惑するんじゃねぇっていつも言ってんだろうが」


 そうだそうだ、とリラがにこにこ笑いながら内心で拳を突きあげる。


「そういや、気になってたんだが――」


 メトゥスがギラリと目を光らせてアルを見た。


「なんだって、わざわざふたりで歌って回る必要があるんだ? 仲間のひとりは具合が悪ぃ、ひとりはそれに付きっきり、そしてもう一人は別に参加しねぇ……それなのに、おたくら二人は毎日毎日あちこちで弾き語ってんだろ。妙な話だぜ」

「そうか?」


 アルがとぼけた声で応える。


「俺もリラも、好きだからやっているというだけのことだ。トリステスは、まぁ、そこまででもないんだろう。ここに来てからというもの、栄えた街を楽しむことに熱心のようだからな」


 呆れたような言い方をするアルに、メトゥスがなるほどな、と笑う。


「北の小国出身じゃ、大国の大都市に心奪われるのも致し方ねぇか」

「あん、でも、あたいはあのトリステスって人に心奪われちゃったな~。あんなにキレーな人、この辺じゃ見かけないんだもの」


 甘ったるい声を出しながらも、抜身の短剣のような目つきになったウリナに、アルは自分の警戒心が働いたのを感じた。

 考えてみれば、メトゥス=フォルミードという危険な男の傍に居続けているのだから、それ相応の人間でなければ務まらないはずなのだ。


「トリステスには、会いたがっている人がいたという話は伝えておこう。きっと喜ぶ」

「うぅん、別に伝えなくていいわ。きっとその内、会う機会もあるだろうから」


 ウリナが浮かべた笑みは、メトゥスが時折見せる邪悪さに勝るとも劣らないものだった。


「今日はここまでにするか。それと、ここ一週間ぶっ通しで付き合ってもらってた分、今日の報酬は多めにしておいた。それと、明日明後日の二日間は、俺の方で用事があってな。研究の方も一旦お休みだ」


 アルとリラはメトゥスの言葉を了承し、研究室を出て行った。

 それを見送り、姿が見えなくなると、メトゥスがウリナを荒々しく抱き寄せた。


「俺以外の男に触れてんじゃねぇぞ、ウリナ」

「だぁってぇ、このところずっとあのふたりにばっかり構ってばっかりなんだもぉん」


 それに、とウリナは続けた。


「おねだりしたはずの新しいおもちゃも、中々プレゼントしてくれないしぃ。それさえあれば、ゆっくり地下室に引きこもっていられるんだけどなぁ~」

「トリステスとかいう女か……テスタの奴が、そろそろ網にかかるとは言っていたからな。早ければ今夜あたり、連れてくるんじゃねぇか」

「ホント!?」


 ウリナが色めき立ってメトゥスを抱きしめる。


「あぁん、楽しみで火照ってきちゃう。静めてもらわないとおかしくなっちゃいそう」

「ハッ。上に行くのも面倒くせぇな」


 研究室の物品が、数多く床に飛散した。




「フォルミードに恨みを持っている人間との接触に成功したわ。彼に関する重要な情報を提供してもらう約束を取り付けてきた」


 トリステスが平坦な口調で言った。


「どんな人物なんだ?」

「元々は、西にあるミネラ鉱山で作業を取り仕切る立場にあったそうよ。それが、フォルミードの当主が今のメトゥスになった途端、あらぬ疑いをかけられて仕事も家族も失ってしまったと」

「あらぬ疑い、というのはなんだったんですか?」

「瘴気が充満している場所に作業員を送り、多くの仲間を瘴疽にさせた罪ですって。自分がそんなことをするはずがない、と憤っていたわ」


 リラが表情を顰めた。


「瘴気を利用して悪さをしているのは、彼の方じゃないですか。そもそも、まともな人間であればそんな発想になるはずがないのに!」

「でも、同じような疑いをかけられた人達がこの周辺には数多くいるようなの。彼はそういう声なき声、力なき力を集めて、フォルミード商会に対して攻撃を仕掛けようと画策しているらしいわ」


 頬を膨らませるリラの隣で、アルは腕を組んだまま、神妙な顔をしていた。それに気付いたトリステスが発言を促すべく視線を送る。


「あのメトゥスという男が、そんな組織的な動きを見逃すだろうか。ナトゥラのような聡明さは感じないが、質の違う狡猾さは強く感じる男だ」

「当然、気付かれないようにやってんじゃない?」

「そんなに甘い男ではない。奇しくもそれなりの時間を共有しているが、時折見せる鋭い目と邪悪な笑みは、老獪な貴族もかくやといったところだ」

「王子様がそこまで言うたぁ、よっぽどだな」


 ベルム、モディ、そしてリラの視線が心配そうにトリステスに向けられる。


「心配しないで。街の抗争に深く首を突っ込むつもりはないし、少しでもおかしい気配があったら取引自体を中止して戻るから」


 それじゃ、と言ってトリステスは既に星の光だけが暗く照らす夜の街へと出て行った。

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