第九十六話 霊銀薬の造り方
「毒?」
「毒?」
リラとアルの声が揃う。
メトゥスは苦笑した。
「そういうもんだろ。毒と薬は表裏一体。ロクス・ソルス出身の大将なら、そんなことは百も承知のはずだぜ」
「確かにな。薬として作っても、過剰に摂取すればそれは毒にしかならない。霊銀も同じだということか」
「同じかどうかで言うと、微妙な話だがな。もっと繊細でいらっしゃるのさ、霊銀サマは」
嘲るような笑みを浮かべて、メトゥスが霊銀を掌に載せる。
「取り扱いの難しいブツだからこそ、それをコントロールできれば莫大な利益を生む。だが、霊銀薬そのもので儲けるのには限界がある。俺様は、もっとでかいことをしたいのさ。商人の家に生まれた以上、やはり利益の追求は本懐だからな」
「でかいこと、か。例えば……国そのものを手に入れる?」
「いいね、大将。もしも俺様がこのテラ・メリタを思い通りに動かせるようになったら、おたくはロクス・ソルスの王様にでもなってくれよ。ま、なったとしても国としての規模が違いすぎるけどな」
そうだな、と笑みを浮かべるアルの胸中を察して、リラは静かな怒りを覚えていた。
この人は、本当にロクス・ソルスの王族なのだ。くだらない冗談を言っていいような相手じゃない。ましてや、その国自体を侮辱するなんて、許されることじゃない。
でも、それを表に出さないことが、今は正解なんだ。彼自身が耐えているのに、横の自分がそれを無下にするわけにはいかない。
暗い感情を胸の奥でくすぶらせながら、リラもどうにか笑顔を取り繕う。
「そういや、ロクス・ソルスでも薬づくりは盛んだったはずだな。アル、おたく、薬学の知識はあんのか?」
「それなりに」
誰より精通してるじゃないですか――素知らぬ顔で嘘をつくアルに、リラは内心で笑いながら無表情を貫く。
「そうか。なら、おたくにはこっち側の協力をしてもらうかな。霊銀薬の造り方をざっと教えてやるから、何か思いついたことがあったら遠慮なく言ってくれ」
「俺に霊銀薬の造り方を? 他国の人間にそんな重要なことを教えていいのか?」
「構わねぇさ。造り方を知ったところで、そのための材料を手に入れることなど出来ねぇだろ。しかも、今や別に門外不出の国家機密ってワケでもねぇ。既に、ステラ・ミラにだって、霊銀の利用方法を知っている奴はいるだろうしな」
「本当なのか?」
「ああ。ちなみに、もしもだが、その情報を横流ししたのがオーウォ商会の連中だとしたら、どうする?」
メトゥスがアルに鋭い視線を送る。
「ナトゥラの奴は、おそらく、俺のことをよくは言わなかっただろう。まぁ、お互いに目指しているものが違うし、悲しむべきすれ違いもあったから、それは仕方のねぇことだ。だがな。一方だけの話を聞いて、それを判断材料にするってのは危険なことなんだぜ」
ましてや、とメトゥスは続ける。
「人間てのは不思議なもんで、先に聞いた話の方をより強く信じちまう習性がある。おたくらが出会う順番が、俺様達フォルミードの方が先で、ナトゥラ達オーウォ商会の方が後だったら、印象はだいぶ違っていたはずだ」
「そうかもしれないな。だが、ひとつ誤解があるようだから、訂正しておこう。俺もリラも、フォルミード商会に対して別段悪い印象は持っていない。仮に、街中の破落戸どもが貴方がたの手の者だとすれば、眉を顰めたくはなるが」
「ああ……旅人相手に何かと理由をつけて金をせびってる小悪党どもか。最近また増えているようだが、俺様達をあんなのと一緒にしないでくれよ。向こうは瘴気にビビッて鉱山勤めも出来ねぇヘタレ共、こっちは率先して霊銀を掘って薬を造り、苦しむ民を救う勇者様だぜ? さ、気を取り直して霊銀薬の造り方について説明しよう。こっちだ」
メトゥスに促されるまま、リラとアルは一台のテーブルを囲んだ。
テーブルには、霊銀と透明な石、そして複数種類の植物片が置かれていた。
「これは霊銀ですよね。この透明な石は……?」
「魔晶石だ。俺様達は、そう呼んでいる」
どこかで見たことがある――と、リラは記憶を辿った。
アルと一緒に見たような気がする。
どこだったっけ……?
フッ、と谷底の光景が脳裏に蘇った。
そうだ。
ワリスの谷の戦いで、ドラゴンを倒した後にアルが手に取った石に瓜二つだ。
「これはこれで、それなりに貴重な物なんだぜ。市場でなんざ見たことねぇだろ?」
「そう、ですね……」
「入手方法については秘密だ。こいつを使っておたくらが商売を始めちゃ、結果的に俺様が損をするだろうからな」
クックと笑ってメトゥスがふたつの石を手に取った。
「この二つは互いに干渉しあう不思議な特性をもっていてな。ぶつけ合っても面白い反応が得られるんだが、いわゆる霊銀薬を造るためには、単純に水の中に浸してやりゃあいいんだ。見てろ」
大きめのグラスに、二つの塊が放り込まれた。すると、魔晶石があっという間に形を無くした。すっかりその形が消えてなくなると、次に霊銀がシュワシュワと泡を立てて表面から溶けるように消えていく。
結果的に、霊銀は少し溶け残った。




