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第九十四話 苦痛と快楽の穴

 外の熱砂のような強い熱気が、その部屋には充満していた。

 事を終えた男女が、ひとつのベッドの上でぐったりと体を放り投げている。


「ねぇ、メトゥスぅ。あたい、お願いがあるんだけど」

「あぁ?」


 露出した肌に下を這わせながら、女が甘ったるい声を出す。


「言ってみろ」

「今日来た連中がいるでしょ?」

「噂の音楽団か。あいつらがどうかしたのか?」


 フフ、と笑みを浮かべ、女が舌なめずりをした。


「あいつらの中の、青い髪の女――あたい、あれで遊びたいわ」

「またかよ」

「ンフフ……だって、仕方ないじゃない。あんなにきれいな白い肌、この辺では見かけないんだもの。それにあの澄ました顔。苦痛と快楽の穴に引きずり込んで、泣き叫ぶところを想像するだけで……あん、また濡れてきちゃう」


 呆れつつも喜びの色を交えてメトゥスが答える。


「気に入った女を見つけてはペットのように扱い、飽きたら奴隷にして男どもにくれてやる。女殺しのウリナ、ここにありってな」

「いいでしょ、男相手はちゃんとあんただけなんだから。その分、ちゃんと面倒見てよね。ほら」

「うっ……ああ、だが今度はお前が上だぜ」


 ウリナはメトゥスに跨りながら、艶を帯びた声で言葉を紡ぐ。


「でも、んっ……オーウォの奴等の息が、あっ……かかってる、連中なんでしょ? どう、するの? 下手に手を、出したら、また、街の他の商会も、うるさいわよ、きっと」

「なに、テスタの奴に動いてもらうさ。ちょうど、あの青髪の女が夜な夜な街をうろついてたって報告を受けたところだったからな。何を嗅ぎまわってるのか知らんが、少し餌を撒いたらすぐに食いついてくるだろうさ」

「フフ、あの、腕利きの爺さんね。ステラ・ミラから流れ着いて、行き倒れてた、のを、拾ってやって、ん、恩を売った御父上に、感謝、あ……しなくっちゃね」

「向こうに過失をつくってやれば、街の小うるさいジジイ共も何も言ってはこねぇだろ」


 褐色の肢体ふたつは重なり、次第にその動きを速めていった。




「リラちゃんの身に何かあったらどうするの!?」


 音楽団が拠点としている家に、怒号が飛んだ。


「心労でお前の身に何かあるのもよくない。落ち着け、モディ」

「落ち着いていられるわけないでしょ、今の話を聞いて」


 殺気すら込められている視線に、思わずアルもたじろいでしまう。

 フォルミードの館での一部始終を聞いたモディは、これまでに見たことがないほどの感情を剝き出しにしていた。


「リラちゃんもリラちゃんよ。これまでにも何度か危ない目には遭ってきたでしょ。今まではどうにか切り抜けられてきたかもしれないけど、今回も大丈夫とは限らないのよ」

「で、でも、私だって――」

「自信がついてきて、物事が順調に進み始めたと思える時期が一番危ないの。テラ・メリタでもっとも大きな権力を握っている悪党が、本腰を入れて悪さしてこようとしたときに、自分の身を守れるの?」


 リラは口を尖らせながらも、反論することが出来ずに黙った。

 モディの言っていることはもっともだったし、彼女の剣幕に完全に気圧されてしまったからだ。


「アンタも言ってやってよ!」

「ん~……」


 ベルムは頭をぼりぼりと掻いて、腕を組みながらアルを見た。


「いざそうなったとしたら、命に代えても護るんだろ?」

「ああ、もちろんだ」

「んじゃ、大丈夫だろ」


 モディがあんぐりと口を開ける。


「あ――」

「オレぁ、お前の身に何かあったら、命がけでお前を護るし、敵に対しては容赦しねぇ。結婚を申し込んだときの誓いは、決して嘘じゃねぇぜ」


 険しい表情のままモディは頷く。


「アルだってそうだ。リラを護るためなら、他の全てを投げうってでも護るだろう。王子としてとか、剣士としてとか、そういうことじゃなく、男ってのはそういうモンだ」


 な、と同意を求められて、アルは深々と頷く。


「そんでもって、いい女ってのは、コレと決めたら最後までやりきっちまうもんだ。少なくとも、ここに居る女は、三人ともそうだろうし、だからこそお互いに気が合うんじゃねぇのか?」

「それは……そうかもしんないけどさ」

「だろ? 身動きとれねぇで歯痒いのは分かるけど、リラの気持ちも分かってやれよ。アルのために何かしたいってのはもちろんあんだろうけど、身重のお前に代わって頑張りたいって、顔に書いてあんだろうが」


 モディがハッとしてリラを見つめ直した。

 リラはきゅっと唇を噛みながら、その視線を受け止める。


「さすがは団長ね」


 トリステスが笑って言う。


「ロクス・ソルスを発って随分になるけど、ようやく団長らしいところを見た気がするわ」

「うるせぇ。オレぁ、いつだって団長として活躍してきただろうが」


 二人が笑った影響か、それまでの張り詰めた空気はスッと緩んだ。

 モディはあらためて、リラに向かって口を開く。


「リラちゃん。くれぐれも危険な部分にまで踏み込まないでね。あたしだって、そういうことはしてなかったでしょ。あたし達はチームなんだから、適材適所でいいの。危ないことは、全部トリステスに押しつけときゃいいんだから」

「ちょっと、私の扱いが――」

「分かりました。いざなったらトリステスさんを置いて逃げます」

「リラも調子に乗るんじゃないの。ほら、すぐに使い物になるのをいくつか教えてあげるから、こっちに来なさい」


 笑いながら二人が出て行ってから、アルが表情を整えて口を開く。


「安心しろ。命に代えてもリラは護る」

「殿下に何かあったら、それはそれで大問題ですから、ちゃんと御身も大切にしてください。出過ぎたことを申しました」

「まったくだぜ。これで本当に殿下が大怪我でもしたら、国に帰った後でオレらが罰を受ける羽目になっちまアダダダダ!」


 横腹をつねられるベルムを見ながら、アルは久しぶりの光景に安心の笑みを浮かべた。

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