第九十一話 長居はしたくない街
「よぉよぉ、そこのリュート弾きのおふたりさん」
大通りを往く二人に声をかけてきたのは、砂漠の民の緩やかな衣装をさらに着崩して、上半身を露わにさせた三人組だった。
「このところ、随分と熱心にお勤めなようだな」
アルが一歩前に出て、リラをかばうように手を伸ばす。
「何か用か? 知っての通り、熱心に勤めているもので、時間が惜しいんだが」
「いや、なに、別に取って食おうってんじゃねぇよ。ただ、街のルールを知らねぇようだから、親切に教えてやろうと思ってきただけのことさ」
首を傾げる二人に、リーダー格らしい男が続ける。
「この街を取り仕切ってるフォルミード様は、チツジョを好まれる方なんだ。旅人がそこらで勝手に小銭を稼ぐってのは、その方針に反するのよ」
「なるほど、もっともな話だ。それで、どうすれば許可をもらえるんだ?」
「理解が早いね、兄ちゃん」
男は指を四本立てて見せた。
「なるほど。では、それをフォルミード殿にお支払いしてこよう」
「まっ、待てや! フォルミードの旦那は、旅人一人一人にかかずらわってられるほどお暇じゃねーんだ。ここら一帯の縄張りは、俺っちが担当してる。だから、俺っちが預かるぜ。ショバ代に銀貨四枚、それに今日の稼ぎの十分の一だ」
やれやれと息を吐いて、アルが腕を組む。
「そういえば、この街に来てからそういう段取りを踏んでませんでしたね」
「モディのことでバタバタしていたし、そもそもそういう手続き関連は彼女に任せきりだったからな。それに、サクスムの街ではそういった取り仕切りもなかった。まぁ、ともかく、お前達がただの追い剥ぎでないと証明できるなら、この場で言い値を払おう」
「なんだと?」
「当然だろう。フォルミード殿に支払ったつもりで行き届いていなかったら、またこうして因縁を吹っ掛けられてこちらが損をすることになる」
明らかに表情を変えて、三人組が腰の曲刀に手を伸ばした。
それを見て、アルがもう一度ため息をつく。
「抜くということは、相手にも抜かせるということだ。相応の覚悟はしているのだろうな」
赤い瞳の眼光に射抜かれて、三人組はすごすごと引き下がってしまった。一通りの喧騒を予想していたリラは安心すると同時に拍子抜けもしていた。
「あっさりしたものですね」
「俺達が弾き語りをするようになって、もう一週間近く経つというのに、今更アプローチしてくるとはな。統制がきいていない組織なのか、やはり、そもそもそういった仕組みがないのか」
「でも、仮に仕組みはきちんとあるのだとしたら、挨拶はきちんとしておくべきですよね。ナトゥラさんの言葉通り、危険な方であるなら、なおさら」
確かにな、とアルが頷く。
「遅きに失した感はあるが、明日の日中、フォルミードの館へ足を運んでみるか」
今日を削がれた二人は、その日の弾き語りを打ち切って宿へと帰った。
いつもと同じようにベルムとモディの声がふたりを出迎え、さらにトリステスの姿もあった。
「トリステスさん、今日は早いお帰りですね」
「お互いにね。もしかしたら、理由は一緒かもしれないわ」
首を傾げるリラに微笑んで、トリステスはアルに視線を送る。
「妙な絡まれ方をしたわ。まるで脅迫のような」
「脅迫? では、俺達とは少し違うようだ。俺達は、場所代を払えという、いかにもチンピラな要求だったが……だが、なんにせよ、俺達の動きを見ている者達がいるというのは間違いなさそうだな」
トリステスが頷く。
「フォルミードの手の者なのか、あるいは裏通りを牛耳るような別の集団なのかは分からないけれど、どちらにせよ、メトゥス=フォルミードには一度顔を見せておいた方がいいかもしれないわね」
「俺達も同じ話をしていた。明日、三人で面会に行ってみるとしよう」
こくりと頷きながら、トリステスが続ける。
「向こうの出方次第だけど、これまでと同じようにはいかないと考えておきましょう。なんというか、街全体が剣呑というか、不穏な感じもするし――リラ、どうかした?」
「……実は、この街に来てから、物陰から瘴気と同じような気配を感じる時があるんです。実際に近付いて確かめると、特に異常は見つからないのですが」
「それで、いつも家の中で歌を口ずさんでくれているのか?」
リラが小さくこくりと頷く。
「人の憎しみや怒りといった、負の感情も瘴気を生む源になるとされています。まさか街中で瘴気が発生したりすることはないとは思いますが、モディさんに何かあったら嫌で……念のために、私が歌を歌っておいたら安心出来るかな、と」
「それを考えると、長居はしたくない街だな。早いところ瘴疽に罹っている人々を浄化して次へ行くか、少なくともモディとベルムはロクス・ソルスへと帰してやりたいところだ」
三人は、部屋で休んでいるであろう夫婦を思いやった。
「まずは明日だな。ナトゥラが忠告してくれていたことを思い出すと、メトゥス=フォルミードには警戒が必要だろうが、会ってみないことには分からない。とりあえず、今日は早めに休もう」




