第九話 こんな日が来るとは
「あたしの意見は変わらないわ。リラちゃんが仲間になってくれたら、すっごく嬉しいな」
「俺も同じだ。可憐な歌声、リュートの技術、それに何より若い女の子が入るってだけでイデデデデ!」
「私の希望も変わらないわ。リラ、一緒にどうかしら?」
元々参加させてもらうつもりだったのに、押し迫られたせいで逆に言葉を見失ってしまった。
リラはきゅっと唇を噛み、アルを見た。彼の深い赤色の瞳に、自分が映っている。アルは微笑み、ゆっくり頷き、口を開いた。
「リラが必要なんだ」
モディは瞬間的に天井を仰いだ。殿下、それじゃまるでプロポーズですよ。昨夜、あの後ベルムともあらためて話したけど、口ぶりも様子も、明らかに男女のそれを思わせるのよね。そういう経験はないはずだから、自覚はないみたいだけど……
リラは顔を真っ赤にし、少し俯いてから、パッと顔を上げた。
「……よろしくお願いします」
その一言に、全員が喜びに沸く。
「そうと決まれば、早速今後の話だな。これからどうする? 昼から広場で演るか? それとも夜に備えて練習でもしてみるか? 都に滞在するのは明日までっつってたけど、せっかくだから――」
「待って待って。まずは、リラちゃんの服を新調しない? いかにも上質な、純白のローブ。まさに聖女って感じで、これはこれで素敵だけど、旅の音楽団って感じではないのよね」
モディの発言を受けて、リラはあらためて彼らの衣装を見た。みな、黒を基調とした揃いのものを着ている。自分はと言えば、真っ白いローブ。明らかに浮いている。大聖堂は『白』を神聖な色としているから、基本的に聖女は白を基調としたものにしか袖を通さない。金鹿聖騎士団に在籍してからは聖女用にアレンジを加えた団服が用意されたが、やはり白く聖女然とした格好だった。
「よし、決まりだな。男の俺やベルムが居てはやりにくいだろうから、モディとトリステスとで、三人で仕立て屋に行くといい」
「で、でも、私、あまり持ち合わせが……」
リラは頭の中で財布の中身を懸命に思い出していた。
大聖堂に勤めていた頃も聖騎士団に専属していた頃も、給金はもらっていたが大部分は寄付してしまっていた。聖女とはそうあるべきだと教わっていたし、リュートの他には金をかける対象も無かったからだ。
そもそも、衣食住の保証が十分にされた環境で生活してきたがゆえに、一般的な服がどれくらいの費用で揃えられるのか、実は見当もつかない。
「気にしなくていいわ。ねぇ、モディ」
どういうことかと首を傾げるリラに、モディが笑って言葉を紡ぐ。
「あたし、元々が商家の生まれなの。世渡りの術ならたくさん心得てる。物の売り買いなんて得意中の得意なんだから」
仕立て屋に着くと、モディは言葉の通り、初老の店主そっちのけで布地を手に取り、黒、青、紫、金――とあてがっていった。リラが「金色はちょっと……」と言うと、モディは察して「そうだったね」と苦笑した。
値段交渉も、主導権は常にモディにあった。わざわざ他国の相場まで持ち出して妥当な値段を提示し始めたあたりで店主の方が白旗を挙げた。
「わかった、わかった。降参だ。まったく、こんなに口の回る客は初めてだ。ひとつ聞きたいんだが、そっちの娘様が着るもので間違いないかい?」
「はい。お世話になります」
「いやはや、こんな日が来るとは思わなんだ。覚えちゃおらんだろうが、儂はずっと前にあんた様を見たことがあるよ」
リラは反射的に右手を隠した。
「何年か前の、ラクリモサ祈願祭でね」
「ラクリモサ祈願祭?」
首を傾げるモディに、リラが説明のために口を開く。
「ラクリモサは『涙の日』を意味していて、古い時代の年末、その年に命を落とした者達を悼むために催されていた行事が始まりだとされています。現代の都では大聖堂が取り仕切っていて、催しの最後には聖女達による大行進があるんです」
「まさにそれ、行進のときさ。押し寄せる人波に負けた儂の連れが、よろめいて兵士の間を過ぎて通りに出ちまったんだ。そのとき、兵士達が取り押さえるより早く膝を折って大丈夫ですかと声をかけた聖女様がいらっしゃった。忘れもしない、美しい夜色の髪の方だった」
モディが肘でリラをつんつんつついた。
まるで覚えていないリラは照れるやら喜ぶやら、曖昧な表情のまま首を傾げた。
「儂は聖女様と言えば近寄りがたいもんだとばかり思っていたが、そうでもないと思えたよ。それがどうしてこんな外れの仕立て屋に来たのかは分からんが、儂にとっては人生に残る光栄な出来事だ。心を込めて仕事をさせてもらうよ。そのおみぐしの色を基調に、銀糸をふんだんに使って……」
完成まで二日欲しいということで、採寸が済んだリラは二人と共に大通りへ戻った。
「リラって涙腺弱いね~。目、真っ赤っか」
「だって、急にあんなこと言われたら……」
「もしかしたら、これからステラ・ミラの各地を巡る中で、リラが以前救った人と再会することもあるかもしれないわね。出来れば私達の演奏で感動させたいものだけれど、リラに主役の座をすべて持っていかれそう」
「ト、トリステスさんまで……」
小柄なリラを挟んで、二人が両脇を歩く。それぞれの手が、ぽんぽんとリラの頭を撫でた。家族のないリラだったが、姉というのはこんな感じなんだろうかと思うと、嬉しさに口角が上がってしまうのだった。
その日から三日、ステラ・ミラ聖王国の都コルヌの一角、住民達の広場のひとつは毎晩祭りのような賑わいを見せた。足を運んだ者達は口々に同じようなことを語ったという。
「黒髪の娘の歌を聞いてたら、不思議と元気が出てきたよ」
「分かる、分かる。仕事でだいぶ参ってたはずなんだけど、すっかり忘れられた」
「あの旅芸人達、なんていう名前だったっけ」
「ウェルサス・ポプリ音楽団って言うんだって。いつかまた、この都に来てくれたらいいなぁ」