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第八十九話 笑顔の裏で

「金鹿聖騎士団の団長サマね。ラエティティア嬢ったら、ペリスから帰ってくるなり、ファルサ団長のところに行って「遠征先でリラに会いました。立派に聖女としての務めを果たしてましたよ」なんて吹っ掛けに行くんだもの。あのときのファルサ団長の顔ったら、思い出すだけで笑いがこみ上げて来ちゃうわ」

「だって、何かひとつカマしてやらないと気が済まなかったんだもん。自分勝手にリラを追放なんてしてさ。それさえなければ、今日みたいな日に一緒に出掛けることだって出来たかもしれないのに」


 ムスケルは笑いながら、冷め始めた紅茶を口に含む。


「それにしても、最近のファルサ団長の周りは妙にせわしないわね。遠征から戻ってきたアタシが騎士団尋問に招喚されるように手を回してたり、紫豹聖騎士団のソリトゥード団長と専属聖女のグッタ嬢の関係を糾弾したり、そうかと思えばわざわざ北の外れへの遠征に志願したり……」

「グッタさん、かわいそうだったな。彼女、確かに団長さんといい感じだったけど、お互いに公私混同しないようにって距離を保ってたはずなんだよね。どちらかの立場が変わったら違う関係になろう、って言われた、とも聞いてたんだ。それなのに、急にあることないこと取り沙汰されて、一時的に謹慎を受けるなんてさ。あれも、ファルサの奴が何かやったに違いないよ」


 憮然としてラエティティアはさらに続ける。


「そもそも、恋仲って言ったら銀狼聖騎士団の団長さんとヴィア姉なんて、もはや公認の関係で結婚秒読みじゃん。なのに、そっちに関してはノータッチ。もう、ワケわかんないよ」

「リラ嬢の後釜の聖女って、ラエティティア嬢と関わりは深いの?」

「インユリアさん? ん~、実はほとんど接点がないんだよね」


 あら、とムスケルは小首を傾げた。


「珍しいじゃない。てっきり、ラエティティアちゃんって、大聖堂の関係者全員と仲良しこよしなのかと思ってたわ」

「そうならいいなとは思うけど、実際問題、聖女っていってもいろんな人がいるからね。まぁ、その中でもインユリアさんは群を抜いてるかなぁ」

「どんな風に?」

「一言でいえば、秘密主義。原則、ボク達聖女は浄化の手法について交流し合って、よりよいやり方を探したり、互いを高め合ったりするものなんだ。でも、彼女は誰ともそういう時間をつくらなかった。少なくとも、ボクが大聖堂を出るまでの間に、彼女が他の聖女と交流しているのを見たことは一度もなかったよ。むしろ、法王様としゃべってる姿の方をよく見たくらい」


 肩を竦める聖女に、ムスケルは長い鼻息を出す。


「それだと、仲良しにはなれそうにないわねぇ。でも、聞いたところによると、大聖堂での功績が評価されてファルサ団長が引き抜いたって話だから、優秀なことは優秀なんでしょ?」

「それも、ボクは腑に落ちないんだよなぁ。だって、浄化の反動で体が痛むのが嫌だって公言して、極力、務めに参加しないようにしてた人だもん。ボクが桃熊聖騎士団の専属になってからの一年は分からないけど、そんな急に変わったりするかな」

「聞いてる限りは、難しそうねぇ。でも、噂ではファルサ団長とは相当いい関係を築いているみたいよ」

「あんなに素敵なリラを嫌って追放したくらいの性格だから、変わり者の聖女との方がうまく出来るのかもね。でも、あからさまに陰のある二人がくっついて色々起きてるってのは、怪しすぎるか。ちょっと調べてみよっかな」


 口を尖らせながらそう呟いて、太陽色の髪の聖女は机に突っ伏した。


「あ~……リラの話してたら、リラに会いたくなってきちゃった。こんなグチグチ言ってるんじゃなくて、リラと楽しいお話がしたいよぅ……」

「ラエティティア嬢――それはもはや、恋ね」

「恋……恋かぁ」


 ラエティティアが勢いよく顔を上げる。


「恋だったのか、この想いは! あぁ、あぁ、愛しのリラよ、君は今いずこ~。この歌声でもって、ウェルサス・ポプリ音楽団に加わろう~」


 食堂から突如響いてきたラエティティアの可憐な声を聞きつけて、桃熊聖騎士団の騎士達がぞろぞろと集まってきた。

 その内、本当に聖騎士団の専属を抜けて親友の元へ駆けつけそうだわ、とムスケルは笑顔の裏で汗をかいていたのだった。




 中央都市ゲンマで、リュートを弾き語る若い男女の姿が見られるようになって三日が経った。


「お仕事お疲れ様、リラちゃん。アルとふたりで大変じゃない?」

「いいえ、新しいことに挑戦できて楽しんでますよ。モディさんこそ、具合はどうですか。少しは食欲戻りました?」

「ん~。まだ、食欲はそんなにないかな。それより、一日中、眠くて眠くて――」

「モディ、この果物はどうだ! うまそうなのを十個ばかり買って来たぞ!」


 バタンと勢いよく扉が開き、ベルムが両腕に色とりどりの果物を抱えている。鉄製の扉はベルムの蹴りによって一部がへこんでいた。


「あ、ありがと、ベルム。リラちゃん達も食べるだろうから、リビングに準備しておいてくれる?」

「よっしゃ、任せとけ!」


 ドタドタと部屋を出て行った夫に、モディは苦笑しながら頭を抱えた。


「も~、ずっとあの調子よ。案じてくれるのはありがたいんだけど、恥ずかしいったら」

「素敵じゃないですか。オーウォ商会の人達も含めて、近所ですっかり評判になってますよ、ベルムさん。あれはいいお父さんになるぞ、って」

「そうだといいんだけどね」


 はにかむモディに、リラもつられて顔が緩む。

 私も、こんな風に大切にされて生まれてきたのかなぁ。

 二人の子供が女の子で、聖女として生まれてきたら、色々教えてあげたいなぁ。

 妄想を広げて一人にやけるリラを見て、モディもまた、穏やかな笑みをこぼした。

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