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第八十八話 元気かな

「トリステス、すまないが――」

「ロクス・ソルスへの書の手配ですね。承りますが、信頼のおける運び屋を探すところから始めますから、少々時間が必要です」

「オーウォ商会の伝手も頼ってみてくれ。ついでに、モディの状態を見せられる医者も頼めると助かる」

「御意」


 トリステスが家を出て行くと、アルはモディとベルムに、一階の奥の個室へ行くように促した。


「さっき見てきたが、奥にゲストルームがある。階段の上り下りも負担になるだろうから、そこをモディの部屋として使うといい。もちろん、ベルムもな」

「分かりました。でも、殿下。音楽団の活動や、諜報活動は――」

「大丈夫だ。ロクス・ソルスを出る時点で、こうなる可能性は考慮していたからな。想定の範囲内だから、まずは落ち着いてしっかり休め」


 アルの言葉に安心した様子で、夫婦は部屋を確かめに歩いて行った。

 リビングにはリラとアルだけが残された。


「すごいですね、アルさん」

「何がだ?」

「ビシッと指示を出して、格好良かったです。それに、こんなことまで想定していただなんて」

「あれは嘘だ」


 澄ました顔で赤毛の王子は言った。


「え?」

「仲睦まじい夫婦だとは思っていたし、そういったことをするのは自然なことだが、まさか本当に旅先で授かるとはな。せめてロクス・ソルスに近付いてからならよかったんだが、よりによって、危険なにおいのするこのゲンマで事が起きるとは、困ったものだ」

「だ、だってさっき、想定の範囲内だ、って――」

「そうでも言わなければ、あのふたりは素直に言うことを聞かないだろう。さて、どうしたものか」


 腕を組んで鼻から長く息を出すアルに、リラは感心するやら呆れるやら、二の句を告げなくなってしまった。


「ひとまず、落ち着き次第、俺とリラとで公演はスタートさせてみよう。幸い、路銀の心配はしなくていい状況だし、ふたりでリュートを弾いてまわるのも悪くないだろう?」

「私は、瘴疽で苦しんでいる方々を浄化させられれば、どういう形でも構いません。でも、トリステスさんは?」

「一旦、モディのサポートに回ってもらい、その合間に可能な範囲で情報収集をしてもらおう。簡単に重大な情報を掴めるとは思えないが、優秀な彼女ならありえないでもない」


 アルは、リラがじっと自分の方を見つめているのに気が付いた。普段も目が大きいが、もう少し広げた状態になっているように見える。


「どうした?」

「あらためて、アルさんって、王子様なんだなぁって。考えてみれば、旅の間、ずっと指示を出してたのもアルさんでしたもんね。それでうまくいっていましたし」

「まぁ、それはそうなんだが、旅が順調に進んできたのは俺の能力がどうこういう話ではないよ。残念ながらな」


 首を傾げるリラに、アルは続けた。


「三人が優秀であるがゆえに、俺の拙い指示や見通しでうまくいっているというだけだ。家臣の能力に胡坐をかくようになったら、上に立つ者はろくなことにならない」

「そういうことを言えるのって、すごいと思います。少なくとも、私の元上司は天地がひっくり返ってもそんなことを言わないでしょうから」

「ファルサ=ストゥルティか。彼女の悪名は、ロクス・ソルスにまで届いていたからなぁ。リラもよく彼女の元で三年間も耐えていたものだと、今更ながら感心するよ」


 思えば、随分遠くまで来たような気がする、とリラは中空に視線をやった。大陸の南方をぐるりと回って西に抜け、色々な経験をして、今は隣国テラ・メリタで一番の都市に来ている。


「ラエ、元気かな……」


 ぽつりと落ちた呟きに、アルは微笑んだ。


「彼女が元気でないときというのは、どんなときがあったんだ?」

「……そう言われると、パッと思い出せないですね。ペリスの街で別れたときの様子を思い返すと、一応、私がコルヌを離れたと聞いたときも寂しがってくれてたんじゃないかなぁ、とは思いますけど」

「俺と君の仲が進展したと聞いたら、どうなるだろうな」

「全力でからかってくるに決まってますよ。ふたりで話しているときなんて、何かにつけて私とアルさんのことばかり話の材料にしてたくらいなんですから……」




「ふえぇっくしょん!!」

「あら、ラエティティア嬢ったら、はしたないわね。レディが鼻水垂らすもんじゃないわ、はい、ハンカチ」


 差し出された布切れを受け取りながら、ラエティティアはグスッと鼻をすすった。


「どうもです、ムスケル様。風邪なんて一度たりとも引いたことないんだけど……さては誰かがボクの噂話をしてるんだな、きっと」


 二人は、桃熊聖騎士団が王都コルヌの中にあてがわれている館の中の食堂で休憩をとっていた。

 練度の高い訓練は午前中に切り上げられ、午後は騎士達各自が庶務に当たっている。一方、ラエティティアとムスケルは既に書類仕事を片付け、ティータイムにしていたのだった。


「ラエティティア嬢の噂話をするなんて、相手は限られるじゃない。大方、リラ嬢と愉快な仲間達でしょ」

「もうひとつ、心当たりがあるかな」


 ラエティティアの悪戯っ子のような笑みを見て、ムスケルもにやりと笑った。

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