第八十六話 ご明察です
「どういうこった?」
「若旦那のところは、お父さんが助かり、その後、まだしばらくは実権を握ってた。でも、病み上がりじゃ、働きぶりはそこまででもなかったはずよ。長の座を譲ることになったのも、ある程度の時間が経って、無理があると悟ってからでしょ」
「ご明察です。しかし、フォルミードは――」
「先代が命を落としたから、すぐさま頭のすげ替えが行われたのね。ライバルの商会は衰え、一方で自分は商会長の座に君臨する。結局、一連の出来事でもっとも得をしたのは、そのメトゥス=フォルミードその人だわ」
なるほどな、とアルが呟く。
「自らが実権を握るために肉親を手にかけるほどの人物ということか。まともな倫理観の人間ではないな。だが、動機はなんだ? なぜ、そこまでして商会の実権を求める必要がある?」
「だよなぁ。親父が偉いっつーんなら、待ってりゃその内――」
「待てないのですよ、メトゥスという男は。待つこと、耐えること、堪えることが出来ないのです。欲しくなったら奪う。それが彼の行動原理です」
「私もひとつ、聞いていいですか。今の話だと、まるでメトゥスという人が、故意的に瘴疽を発生させたかのようでした。そんなことが、果たして可能なんでしょうか」
「メトゥスは荒い気性に反して、好奇心や探求心が強く、幼少の頃から自分専用の研究室を構えるほどでした。表向きは新たな霊銀薬の開発の為と謳ってはいますが、薬と毒は表裏一体――それは、ロクス・ソルスの民である皆さんなら重々承知のことでしょう」
信じられない、とリラは我知らず言葉をこぼしていた。
人為的に瘴疽を引き起こすなんて、正気の沙汰ではない。
「その信じられないことを、自分の欲求のために何食わぬ顔で実行に移すのが、メトゥス=フォルミードという男です。彼ならば、何らかの欲求を満たすためとしてステラ・ミラ聖王国に霊銀を密輸していたとしてもなんの不思議もない」
さて、とナトゥラがアルを見据える。
「メトゥスが霊銀を密輸しているという事実は、私にとっても非常に興味深い話です。彼は私にとって親の仇になりかけた男であり、それが免れた今でも、混乱に乗じて我が商会に大打撃を与えた不届き者。彼の悪行についての真相を明らかにしたいと願うあなた方に協力することは、やぶさかではない。そしてそれが実現すれば、フォルミード商会自体が弱体化し、ゲンマの街における権力も地に落ちるでしょう」
「だが問題がある、という声色だな」
「彼は商売に対しては疎く、私ほどには噂に聞き耳を立ててはいません。しかし、旅の音楽団が、確執のあるオーウォ家に出入りしているということは聞かされているでしょう。現状、なんの対策もなしに彼に接近しても、間違いなく警戒されます。あるいは、逆にあなた方を懐柔しようと何らかのアプローチをしてくるかも」
「今更、俺達とオーウォ家に関係が無いと主張するのは無理があるな。どうすればいい?」
「申し訳ないことに、妙案が浮かばなくてね。むしろ、皆さんの方が、何かアイディアを出せるのではないかと期待しているというのが正直なところです」
困ったことになった、と仲間達は互いに顔を見合わせ、それぞれにため息をついた。
ああでもない、こうでもないと議論とも言えない会話が続き、小一時間ほど経った時点で、リラがふと、思い当たったことを声に出した。
「その中央都市ゲンマというところには、瘴疽の患者はどれくらいいるんでしょうか」
「相当な数がいるはずです。何せ、ミネラ鉱山、フォディナ鉱山という、規模の大きな二つの鉱山の近くに構えている街ですからな。暗がりには瘴気がこもる。フォルミード商会が霊銀薬を廉価で配布しているとはいえ、行き渡らずに苦しんでいる人々は多いでしょう」
「アルさん、私――」
「まずはその人たちを救いたい、か。俺としては、リラのその願いに寄り添いたいところだが、みんなはどうだ?」
先に口を開いたのはトリステスだった。
「私はいいと思うわ。根回し、工作、裏取引も結構だけど、どれも失敗すれば取り返しのつかない禍根を残す可能性がある。その点、ウェルサス・ポプリ音楽団としての活動自体にはやましいことはないのだから、向こうから接触してきたら堂々としていればいい」
「あたしも、まぁ、賛成かな。善行を担保にしておけば、変な勘繰りをされることもないかもしれないしね。むしろ、懸念はウチの旦那の具合よね。ひと悶着起きちゃったときに、痛くて動けないってんじゃ困っちゃうもの」
「そこんとこは、心配無用ってもんだぜ。アルが調合してくれた薬のおかげで、明日か明後日にはばっちり動けそうだからな!」
一通りを聞いて、ナトゥラは笑顔で口を開いた。
「あなた方の噂が風と共に国境を越えてきたわけが、今になって分かったような気がしますよ。何か、言いようのない明るいエネルギーのようなものが、人々の口に、そして耳に心地よく伝わっていくのでしょう」
ナトゥラは立ち上がりながら続ける。
「ゲンマの街にも、オーウォ商会の持つ宿や店舗がいくつもあります。そこを活動の拠点としてください。ただ、くれぐれも、メトゥス=フォルミードに簡単に気を許すことのないように。遠からず、私も足を運ぼうと思います」
ウェルサス・ポプリ音楽団は、こうして、テラ・メリタでもっとも古い商会の一つ、オーウォ一族の後ろ盾を得て、同国最大の都市ゲンマへと向かうこととなった。




