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第八十四話 案外、魔性だわ

「結論から言うと、ナトゥラには会えたが話は進まなかった」

「まさか、剣劇の怪我が?」


 表情一杯に心配が満ちたリラに、アルは微笑んで首を振る。


「本人はピンピンして、既にあれこれと指示を出していたよ。まったく、たいした男だ」


 それで、とアルが続ける。


「俺の姿を見るなり、開口一番、リラはどこにいるのかと聞いてきた。連れてこなかったと伝えると、リラがいないのなら手短にお願いすると言ってな。諦めるつもりなどさらさらないといった様子だったな」

「オレは嫌いじゃねぇぜ、ああいう奴」

「自分に似てるからでしょ。初対面のあたしにプロポーズはかますわ、断られても付きまとうわ、やってたことは大差ないわよね」


 リラの表情は複雑になった。同じようなことをしたベルムが念願を叶えてモディと結ばれたということは、ナトゥラの念願もいつか叶う、つまり自分と結ばれるということになってしまうのではないか。彼が言っていた「貴女が何かで深く心を傷つけて、そこにアル殿がいないようなことがあれば、きっと私こそが貴女の心の隙間を埋める人間に成り得る」という言葉は、なぜかリラの心の片隅にずっと引っかかっている。


「話を続けるぞ。俺は単刀直入に、フォルミード商会について知っていることを教えて欲しいと伝えた。すると、ナトゥラの目つきは明らかに鋭くなった。剣劇で俺と向かい合ったときのような、戦士の顔だ」

「商売敵の名を聞いての反応なら、当然と言えば当然なのでは?」

「どうも、そういうわけではないらしい。浅からぬ因縁がある、といった感じだったな。そして、彼はその話をするのなら、リラに同席してもらいたいと言った」

「私が?」


 リラは首を傾げた。

 モディに言われたように、自分は世間知らずだ。テラ・メリタの古参の大商会オーウォ一族の名も知らない自分が、フォルミードの名など知る由もない。


「若旦那のときと同じように、フォルミード商会のお偉方の命も救ってたとか」

「う~ん……可能性はなくはないと思いますけど、記憶にはないですね」

「彼の意図は分からないが、頼みごとをする以上、こちらも協力的な姿勢を見せる必要がある。俺は了承して、明日にでもあらためてリラと共に訪ねると伝えてきたよ」


 言い終わると、アルはトリステスの方を見た。次はそっちの番だ、ということだろう。


「フォルミード商会のことも含めて、少し、テラ・メリタの状況について整理するわね。今のアルの話に繋がる部分もあるし」


 そう言って、トリステスは一枚の羊皮紙を懐中から出した。それは、大陸の全土を記した簡易的な地図だった。大聖堂には大きな地図があったことをリラは思い出していた。


「この国は王政ではなく、四大都市がそれぞれ選出した代表者による民主政が行われているわ。その四大都市というのが、ここ、西方の交易都市サクスム、北方の工芸都市ギプスム、東方の鉱山都市ジンクム、そして中央のゲンマ――なのだけれど、どうやらそれは表向きの話のようよ」

「実は元締めがいる、ってハナシじゃない? 古今東西、金を持ってる人間が幅を利かせるのは当然と言えば当然だし」

「ええ。商家生まれのモディには想像がつくみたいね。まことしやかに言われている言葉に、「テラ・メリタにおける発言力は、所有する霊銀の量に比例する」というものがあるそうなの。そして、現状、この国でもっとも自由に霊銀をコントロールしているのが――」

「中央都市ゲンマに本拠地を構えるフォルミード商会、か。なるほど、新鋭の商会に大きな顔をされているとなると、古参のオーウォ一族としては面白くないだろうな」


 上を組みながらアルが頷いた。

 しかし、トリステスがフルフルと頭を横に動かす。


「いえ、ナトゥラがフォルミード商会に対してよい感情を抱いていないのは、単純に勢力的な話だけではない可能性があるわ」

「というと?」

「街の人々の話では、フォルミード商会を束ねているのは、メトゥス=フォルミードという人物で、元々はナトゥラ=オーウォと親しい関係性だったんですって。ところが、同じ時期にそれぞれの商会のトップの座になると、一転、あからさまな敵対関係へと転じたそうなの」

「それは妙ね。商人たるもの、顔には笑みを、背には短剣をが基本なのに。街の人たちにも分かるくらいバチバチやりあうっていうのは、よっぽどだわ。ましてや、あの人当たりのよさそうな若旦那が、ねぇ」

「女じゃねぇか? 一人の女を巡って争ってよ、若旦那の方がこてんぱんにやられて女をとられちまったもんで、そんでィデッ!」

「あんたと違って、あの若旦那くんはそんな陰湿じゃないでしょ。実際、リラちゃんを巡ってアルと真っ向からやりあったけど、その後もぐちぐち言ってないじゃない」


 ウェルサス・ポプリ音楽団の面々は、互いの顔を見合ったり、天井を仰いだりしたが、誰もこれといった答えを出せないまま、首を傾げるばかりだった。


「明日、彼自身から話を聞かない内は、よくは分からんな。リラ、すまないが――」

「はい。私もご一緒します。ナトゥラさんの容態が気になってもいましたから」


 感謝を口にしながら笑顔をひきつらせるアルを見て、モディとトリステスは顔を見合わせて苦笑した。


「案外、魔性だわ、この子」

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