第八十三話 あることないこと
モディがグラスを手に取り、口元に運んで、苦笑した。
「あらら、空っぽだ。それに、こんな話をするならお酒でも飲みながらすればよかったわね。昼間っから辛気臭くなっちゃった」
グラスを逆さにしながら、いつものように笑うモディを見て、リラは何故か不意に泣きたいような衝動に駆られた。
この人達は、いろいろなものを抱えて、強い覚悟を持って、この旅を続けてきたんだ。
表には全然それを出さない強さをもって。
「私の目には、モディさんとトリステスさんは、とっても仲良しに見えます。それこそ、ずっと昔からの親友みたいに」
「そうね~、だいぶいろんな話が出来るようにはなってきたかな。でも、明らかに変化があったのは、コルヌの都でリラちゃんが加わってからよ」
「そうなんですか?」
「この旅が実際に始まる前、一年の訓練期間が設けられたの。それぞれ旅の音楽団に扮することが出来るように楽器演奏を習得する必要があったし、あたしは戦いそのものにブランクがあったしね。その間、あたしはアイテール様に言われたこともあってトリステスと仲良くなろうと努力したんだけど、それがまた、全っ然ダメ」
モディの眉間に皺が寄った。
「とにかく会話が続かないの。こっちが何か聞いても、そうね、分かったわ、知らないわ、くらいしか喋らないのよ? 向こうが話しかけてくることなんて、もちろんナシ。あんな不愛想な女と一年近くも一緒に旅をするなんてあたしには無理だ、って毎日のようにベルムに愚痴ってたっけ」
早口に、そしてトリステスの物真似であろう口調を交えて語るモディに、リラは思わず笑ってしまう。
「アイテール様に相談したら、私と話すときはそんなことないんだけどなぁ、って嬉しそうに言うわけ。優越感覚えてる場合じゃないでしょ、って話よね」
勢いを増すモディの様子に、お酒は入ってなかったはずだけどなぁ、と思いつつ、リラはたじろぎながら頷いた。
「結局、訓練期間が終わっていざ旅が始まっても、ずっとそんな感じでね。でも、リラちゃんが加入してから、彼女、明らかに変わったのよね。あたしと二人でいるときに話しかけてくることも増えて――あ、そっか」
言いながら一人合点して、モディが続ける。
「あたしとトリステスが話してたことって、大体リラちゃんに関することだわ。共通の話題が出来たことで、話せるようになってったのか」
「それは、光栄というかなんというか……でも、私についてそんなに話すこと、ありますか?」
「ほら、リラちゃんって、明らかに世間知らずだったっていうか、放っておいたら誘拐されちゃいそうな危うさがあったから――今もあるけど、とにかく、心配が尽きなかったのよね。我らが王子殿下が、自覚はなくとも一目惚れした相手っていうのもあって、万が一にも危険な目には遭わせられなかったし」
反論したいのは山々だったが、心当たりがあるだけに、リラはぐっと口を結ぶしかなかった。その様子を見て、モディがにやりと笑う。
「さては、何かあたし達に言ってないことがあるわね? あたしのこともトリステスのことも赤裸々に教えてあげたんだから、この際隠し事なんて許さないわよ」
「……実は、ペリスの街で――」
リラは、山間の都市であった、自分がかどわかされそうになってアルに救出された話を正直に伝えた。
聞き終えて、モディは声をあげて笑った。ついさっきまで息を潜めて話をしていたはずの女性が、うってかわって大きく笑い声をあげたので、店内に居た数人がぎょっとして視線を寄越す。
「あ~、おかし。そっか、そっか。それで、あの辺りからふたりの雰囲気がちょっと良くなったわけだ」
「そ、そうでした?」
「自分達では気付かないでしょ? でもね、男女に限らず、秘密を共有すると、関わりはぐっと深く濃くなるものなの。ん? 逆かな。関わりが深いから秘密を共有するのかな? ま、とにかく、アルとたくさんふたりきりの時間をつくって、たくさんふたりだけの秘密をつくりなさい。そうしたら、もーっと深い関係になれるから。どこまで進展したか、いちいち問いただしもしないから安心して」
にやにやと笑うモディに、リラは顔を赤くして苦笑した。
同時に、モディが自分達のことを打ち明けてくれたことの意味の大きさを、あらためて感じもした。今、彼女がしてくれたことこそ、まさに秘密の共有ではないか。
本当の意味で、ウェルサス・ポプリ音楽団の一員になった。
リラは、そんな感覚を覚えて、嬉しさに笑みをこぼした。
リラとモディが秘密の時間を共有して宿に戻ると、留守番をしていたベルムに加え、アルとトリステスの姿もあった。
トリステスの、いつもと変わらないはずの気品に満ちた美貌が、昨日にもまして美しく見えた。
「リラ、どうかした?」
「あっ、いえ、その……モディさんから色々お話を聞かせてもらって、思い出してしまって」
小さく首を傾げるトリステスに、リラは、よし、とからかう覚悟を決めた。
ラエともよく、お互いをからかいあっていた。
同じようにして、もっとトリステスと親しくなるのだ。
「トリステスさんって、とっても口下手だったんですね。モディさんから聞きました」
トリステスの頬がわずかに赤く染まるのを、リラも、他の面々も初めて見た。
「モディ、貴女……リラに何を話したの? あることないこと吹き込んだんじゃないでしょうね?」
「あ、あたしは事実を伝えただけよ。まぁ、ちょっとくらいは誇張もあったかもしれないけど――」
「訓練期間の一年、一度も笑顔を見なかったって言ってました。ずっと仮面をつけてるみたいだったって」
「モディ!」
「そ、そこまでは言ってないわよ! リラちゃん、アンタって子は~!!」
「仲がいいことは結構なことだが、姉妹喧嘩は後でやってくれ。まずは、こちらの話を聞いてもらおう」
アルが笑いながら言葉を紡いだ。




