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第八十二話 トリステスのこと

「都合が良かったのは、あたしが曲がりなりにも音楽をかじってたってことだったわ。それをベルムづてに殿下に伝えてもらって、あたしはスムーズに仕事に復帰することになったの。一時的に、だけどね」


 リラは黙ってこくこくと数回頷いた。

 モディとベルムが、アルとどういう関係なのかは理解出来てきた。

 一方で気になるのは、話の中にトリステスが登場しないことだった。彼女は彼女で、まったく別に由縁があって一行に加わったのだろうか。

 そんなリラの疑問を、モディは察したらしかった。


「トリステスのことも、聞きたいよね」

「……はい」

「彼女は、自分の話をリラちゃんにするのは抵抗があると思う。だから、あたしが教えてあげるけど、くれぐれも――ううん、リラちゃんなら心配ないか」


 ひとつ息を吐いて、モディは話し始めた。


「トリステスは、生まれて間もない時点で村がなくなっているの。ベルムの村と同じように、魔物に襲撃されてね」

「……そんな」

「今となっては真相は定かじゃないけど、ロクス・ソルスで待ち望まれていた聖女が誕生しようとしていたのかもね。でも、とにかく規模の大きな襲撃だったみたいで、村人はトリステス以外全員が命を落としたみたい。王国騎士団が駆けつけたときには、母親に抱かれて一命を取り留めた赤ん坊だけが生き残っていた」

「それが、トリステスさん」

「そう。奇しくもその日は、アイテール王女殿下――アルのお姉さんね。王女様がお生まれになった日で、胸を痛めた王妃様が宮廷で引き取ることを決定されたそうよ。トリステスは、王女殿下にとって文字通り生まれた頃からの大親友ってわけ」


 なるほど、とリラは大いに納得がいった。

 宮廷で王族の一人と関わり続けていたというのなら、彼女があれほど高貴な雰囲気を身に纏っているのも頷ける。むしろ、そこらの貴族よりもずっと立派な教養を身につけてきているのだ。


「もっとも、トリステスは自分の出自を早い段階から知らされていたみたいだから、王家に絶対の忠誠を誓うと同時に、王女殿下に対しても気の置けない仲ってわけにはいかないみたいだけどね」

「その、王女殿下ですか、アルさんのお姉さんは、どういう方なんですか?」

「ベルムがアルの剣術指南を務めていた関係で、あたし共々随分よくしてもらってるわ。すっごく気さくな方よ。こんな言い方したらなんだけど、本当に王族なのかしら、って疑問に思っちゃうくらい」

「それは、アルさんも同じような――」


 言ってしまってから、リラは慌てて口を抑えた。


「な、なんでもないです。今の、ナシにしてください」

「あはは、リラちゃんも言うようになったわね。でも、トリステスについて重要なのは、この先の話なの」


 細剣レイピアを構えるときのような目つきになって、モディが声を落とした。


「ここまでの話も、ここからの話も、あたしはアイテール様から教えてもらったわ。彼女の凄惨な人生が少しでも救われるためには、友人の存在が必要だから、って。そしてそれは、王家の人間には務まらない、って。リラちゃんにも、少し、背負ってもらうわね」


 リラは真剣なまなざしで、深く、深く頷いた。


「トリステスはね……王家のために自分の人生を費やそうと、よりによって王家直属の諜報部隊に籍を置いたの」

「諜報部隊?」

「名前もない、影の組織よ。任務は、暗殺、破壊、偽装、潜入、その他一切の汚れ仕事。北の小国が生き延びるためには必要不可欠な、でも、決して表には出ない集団。あたしは生まれてずっとロクス・ソルスにいたけど、自分の国にそんな一面があるのなんて全然知らなかった」

「すごく、危険な仕事ですよね。私は王女様にお会いしたことはありませんが、アルさんのお姉さんならお認めになるとは思えないんですが」

「そうね。トリステスもそれが分かっていたみたい。アイテール様にはなんの相談もなかったそうよ。姉姫様がそれを知ったのは、既にトリステスが役目を担うようになって一年も経ってからだったんだって」


 モディはコップに入ったぬるい水を口に含み、小さく続けた。


「気づいたきっかけは、体の痣だったって。テラ・メリタの要人から情報を聞き出すために体を差し出して、乱暴されたときにつけられたみたい」

「そんな……」

「彼女、言いきったそうよ。王家のためにつく傷は、すべて私の誇りです、って。アイテール様、何も言えなかったって。彼女の顔が、本当に満足げで、誇りに満ちていたから」


 自分だったら、と想像するのもおこがましい気がした。

 なんて凄まじい生き方だろう。

 なんて誇り高い人だろう。

 不完全でも聖女として生まれて、懸命に使命を果たそうとしてきたつもりだったけれど、トリステスの覚悟の前では薄く霞んでしまう。


「今回の任務にトリステスが同行したのは、諜報員としての能力が必要だったから、というのはもちろんあるわ。でも、同時に、彼女に陽の当たる場所を歩んで欲しいというアイテール様の願いもあるの。表向きは、大切な弟の身を守る役として姉自らが指名した、というだけになってるけどね」

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