第八十一話 あたしの話
サクスムの街の昼下がりを、リラとモディが並んで歩いていた。
リラはモディの口車に見事に乗り、アルと過ごした時間のかなりの部分を聞き出されてしまっていた。
「そっか、そっか。隠し事が無くなって、二人は晴れて恋人関係になったってワケだ」
「一応、そうなのかなと思います」
「嬉しそうな顔しちゃって、この子はも~!」
「わっ、モ、モディさんっ――」
歩きながら抱きしめられたせいで、リラはよろめいてしまったが、表情は明るかった。
アルとの関係が進展したことはもちろん嬉しかったが、それと同じくらい、モディ達との関わりが深まったことが嬉しかったからだ。
真実を聞かされたときはショックもあったが、隠されていたということよりも、明かしてくれたということのほうがリラにとっては大きかった。
「でも、ほんと安心したわ。トリステスはともかくとして、あたしが口を滑らせるのは時間の問題だったからな~」
頬を掻くモディを見て、リラはクスクス笑ってしまった。
「ベルムさんとの馴れ初めについて、本当のことをしゃべっちゃってましたもんね」
「もう、あたしの中ではリラちゃんが完全に身内になっちゃってたからさ。アルが打ち明けてくれて本当によかったわよ」
聞きながら、モディがまだ「アル」という呼称をしていることに気が付く。
自分には素性を明かしてくれたとは言え、彼らは未だ諜報活動を続けている隠密集団なのだ。
「あの、今後、何か気を付けた方がいいことってありますか?」
「なんで?」
「皆さんに迷惑が掛からないようにしなくちゃいけないな、と思って」
「ん~、そうね……」
サラサラ砂の上を歩きながら、モディが顎の下で指を立てる。
「気分が盛り上がっても、みんながいる前ではそういうコトは避けた方がいいかな?」
「そっ、そうじゃなくて! それを言ったら――」
モディさん達だって、と言いかけてリラは口を抑えた。
「あはは、そうよね、ごめんごめん。でも、真面目な話、何かあるかしらね~……リラちゃんはあたし達と違って、彼の呼び方を意識する必要はないし、ロクス・ソルスの内情は元々知らないから口が滑ってどうこうってこともないし。今まで通りでいいんじゃないかな」
「彼への呼称……皆さんがアルさんを呼び捨てにするのって、旅の間だけですよね?」
「まぁ、そうね。帰ったら、前のように殿下呼びになるかな。もっともあたしはそんなに顔を合わせる機会もなくなるんだけど」
リラが首を傾げる。
「モディさんは、ロクス・ソルスの騎士なんですよね。それなら――」
「元、ね。商家に生まれて家を飛び出して騎士団に入って、そこでベルムに求婚されて、一時的に近衛騎士に在籍はしてたんだけど……この任務に就く半年くらい前かな。退役したの」
目を丸くするリラに、モディが微笑む。
「立ってするような話でもないか。お昼もまだだし、そこのお店に入ろっか」
モディとリラは鮮やかな色合いの大きなテントに入った。中は人で賑わってはいたが、不思議と涼しかった。
注文を求められ、リラはスパイシーな味付けのパイを、モディはあっさりとしたスープだけを頼んだ。
「リラちゃん、ほんと辛いもの平気よね。あたしはステラ・ミラの強い味付けがどうも苦手だなぁ」
「ラエも辛い物が好きなので、聖女がみんなそうなのかもしれません。思い出して見ると、大聖堂の味付けはいつも薄く感じてましたし」
「浄化の反動で痛みに慣れちゃって、より強い刺激が欲しくなるのかしら。ロクス・ソルスの味付けもここまで強くないから、帰る前に香辛料を買っておいた方がいいかもね」
「モディさんは、それだけでいいんですか? 今朝もそうでしたけど、最近、食が細くなっているように見えるんですが……」
「ん~、ちょっと暑さにやられてるのかも。でも、心配も遠慮もしなくていいからね」
ふたりの料理はすぐに運ばれてきた。各々が好みの味付けに満足そうに頷き、モディがあらためて口を開く。
「それで、あたしの話だったわね。あたしが騎士団を抜けようと思ったきっかけは、ある寒村が魔物の襲撃によって滅びたことだった」
「魔物の――」
「ベルムが生まれた村だった」
リラは口に運びかけたパイを、フォークを刺したまま皿に戻した。
「ベルムはね……ふるさとが窮屈で、広い世界を見たくて、村を飛び出したの。あたしにその話をするたびに、あんなケチな村には一度だって帰るもんかってくだまいてた。それなのに――」
モディの視線が暗く落ちる。
「それなのに、あいつ、故郷が滅茶苦茶になったのを目の当たりにしたら、ぼろぼろ泣いたんだ。それからは随分落ち込んで、見てられなかった。あたしはそれを見て、ああ、この人には帰る場所が必要なんだって思って――」
「モディさんが、ベルムさんの帰る場所になろう、と」
モディがこくりと頷く。
「反対されたけどね。あいつは、あたしと肩を並べて戦いたがってくれてたから。でも、あたしは剣士としてじゃなくて、妻として彼の人生を支えたかったの」
でも、とモディが続ける。
「ベルムが殿下から直々にこの任務の指名を受けて帰ってきたとき、正直、迷った。帰る場所を守るって考えたらついていくわけには行かなかったけど、旅に一年はかかるのは分かってたから、そんなに長い間会えないのは想像出来なくて――」
「分かる、気がします」
リラは、自分もモディの立場ならついていきたいと思うだろうという気がした。




