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第八話 少なくとも、今は

「君自身に心当たりがなく、これまで経験がないというのなら、もしかすると、何かしらの条件が必要なのかもしれない。何人かの伴奏が必要だとか、夜でなければならないとかな。だが、反動による痛みがなく、『銀の爪』に変化もないとなると、君は史上稀にみる聖女の逸材だということになる。際限なく浄化し続けられる可能性すらある。そして、そうなると、君は聖騎士団の専属に返り咲くことも出来るだろうし、大聖堂の英雄として君臨することも出来るだろう」


 だが、とアルは続けた。


「昨夜、君は、力なき人々の助けになりたいと語った。俺には、君の目に映っているのはステラ・ミラ聖王国の民だけでなく、大陸中の全ての人のように感じられた」


 思いがけない言葉だったが、リラは力強く首を縦に振って応えた。確かに、瘴疽に苦しんでいるのは一国だけではない。


「君の『聖歌』ならば成し遂げられるだろう。そしてそれを叶えるためには、傲慢な聖騎士団長の下や、居丈高な大聖堂にいるよりも、自由であることのほうが重要だと思う。そしてもうひとつ重要なのは、俺達が自由な音楽団であるということだ」


 ――少なくとも、今は。

 ベルム、モディ、トリステスの三人は、身分を隠して語る主君の言葉の最後に、心の中でひとつ付け加えた。それは、昨夜、彼自身が語っていたものだ。




「重要なのは、俺達が自由な音楽団であるということだ。少なくとも今はな」


 赤い髪の王子の言葉の続きを、三人の家臣が待つ。


「自由な音楽団が大陸中を巡り、各地で瘴気を晴らし、瘴疽を癒して回ったらどうなるか。どうだ、モディ」

「え~っと……規模、頻度、速度にもよりますが、霊銀薬の価格が下がる可能性は高いですね。テラ・メリタによる霊銀の寡占状態が解決した場合、瘴疽の浄化ではなく傷病治療そのものや予後に焦点がシフトするでしょう。そうなると、ロクス・ソルスに生息する希少な薬草の価値が見直される、というところまでは間違いないかと。ついでに、音楽団の評判によって各地で音楽が流行し、我々の国で盛んな楽器産業が再注目されたりなんかもするかもしれませんね」

「さすが、商家で生まれ鍛えられただけのことはあるな。勘定が早い」

「勘当も早かったですけどね。おてんばが過ぎて家を出て、押しかけ騎士になっちゃったもんで」


 横で、ベルムがあっと声を上げる。


「ってこたぁ、聖女の価値だって同じじゃねぇか? 霊銀薬の値段が下がれば、わざわざ高い寄進を納めて聖女の厄介にならなくていいんだろ。そうなると、大聖堂だって大上段に構えてはいられなくなるから、焦って浄化代金を引き下げたりするんじゃねぇか」

「つまり、だ」


 アルドールが自信ありげに笑う。


「俺達と彼女とで、世界の在り方を変えられるかもしれん、ということだ。それが叶えば、結果的に、瘴気の氾濫に苦しむ我がロクス・ソルスを救うことにもなる。テラ・メリタ共和国からは霊銀薬を買えるようになり、ステラ・ミラ聖王国には聖女の派遣を要請できるようになるからな。権謀術数の外交手管よりも、余程すっきりする」

「少々楽観的なきらいはありますが……姉姫のアイテール様も笑って賛成してくださるような案ですね」


 そう呟いて、トリステスは小さく頷いた。


「まぁ、予定していた内偵、諜報活動は継続するがな。だが、それと同時並行させるプランとしては、大きな希望に満ちた魅力的な腹案だと思う。我ながらな」

「でも、殿下。ひとつ、聞きたいんですけど」


 モディが眉間に皺を寄せた。


「リラちゃんには、どう説明するんです? あたしらがロクス・ソルスの王子様御一行だなんて知ったら、どう思うか」

「構えちまうのは間違いねぇわな。最悪、断られちまうかもしれねぇ」

「ありえるわね。リラはここに至るまで、聖女や聖騎士団といった立場に振り回され続けてきた。旅の音楽団という自由な立場に憧れを抱くことはあっても、小国とは言え王家に関わるような立場になることを望むとは思えない」


 じっと見つめられ、アルドールはひとつ呼吸を置いて、静かに口を開いた。


「……言う必要もないだろう。俺達と彼女の利害は一致するし、何より彼女の望みは果たされる。重要なのはそこだ」


 アルドールは言いながら、三人の家臣がみな、少なからぬ迷いを持っているのを見て取った。

 当然だろうな、と赤髪の王子は内心で頷いていた。

 寝食を共にし、危険な目にも遭うであろう旅の仲間に真実を伝えないというのは、人の道理に大きくもとる行いだ。到底、胸を張れることではない。

 それに何より、彼女を騙す形になるということに、アルドール自身も強い引け目を感じていた。広場で背中合わせになってリュートを弾き鳴らし、一緒に熱気に包まれた心地よさは、体の奥にまだ残っている。たとえ彼女が聖女でなく、特別な力がなかったとしても、やはり勧誘していたのではないかと思うほどだ。


「……時が来れば、真実を伝えることにもなるだろう。だが、まずは明朝、彼女が音楽団に加入してくれるよう、上手く立ち回って欲しい」

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