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第七十九話 手ほどき


「仕方ない。あの二人の横で寝るわけにもいかないから、俺はもう一度外へ行って――」

「だ、駄目ですよ! ちゃんと自分の立場を考えてください! 貴方は一国のお――」

「リラ、声が大きい!」

「何を騒いでいるの、夜明け前に」


 目元を擦って歩いてきたのは、トリステスだった。


「ト、トリステスさん?」

「おかえりなさい、リラ。それと、アルも」

「あ、ああ。トリステスは、何をしていたんだ?」

「女性にそれを聞く? お姉様に伝えるわよ」

「そ、そうだな。すまない」


 小さくあくびをして、トリステスはリラとアルを交互に見た。

 そして、小さく首を傾げる。


「てっきり、二人でどこかに泊まってくるものかと思っていたけれど」

「少し、長く話し込んだだけだ。色々と、彼女には伝えるべきことがあったからな」


 アルの笑みを見て、トリステスはすべてを察したらしかった。


「それは……お疲れさまでした。リラ――」


 スッとリラに近づき、トリステスは妹分の乙女を優しく抱いた。


「貴女に隠し事をし続けていたことを、すべて許して欲しいとは言わないわ。だけど、私もモディも、貴女のことは本当に――」

「大丈夫です。私、トリステスさんのこと、大好きです。前から、今も」


 しばしの間二人は抱き合って、それからスッと離れた。


「これで、ようやく気が楽になりましたね、殿下」

「ああ。お前達にはだいぶ負担をかけたな」


 リラは二人が会話を交わす雰囲気を、とても自然なものに感じた。これまでの二人のやり取りに対して違和感を覚えたことはなかったが、この形の方が本来的なのだろう。


「では、私は外で時間をつぶしてきますから、お二人は遠慮せず――」

「待て、待て。なぜそうなる。お前も部屋で休めばいいだろう」


 トリステスは小さく首を傾げ、小さく言葉を紡ぐ。


「まさか、私に、伽の手ほどきをせよと? ご命令には従いますが、王族の習慣をいきなりリラに押し付けるのはどうかと思いますよ」

「そんな話はしていない。俺もリラも、ただ横になって休みたいだけだ。だが、夫婦でもない男女がふたり、一部屋で寝るというわけにはいかないから、同じ空間に居てくれと言っている」


 ふむ、とトリステスが腕を組む。


「分かりました。リラも、それでいい?」

「も、も、もちろんです」


 火のように真っ赤な顔をしている初々しい二人の様子に、トリステスは安心したような、むしろ不安が増すような気がした。

 翌朝、アル自身がベルムとモディに一連のことを説明すると、二人はその成り行きを喜んだ。


「リラちゃん、ごめんね。ずっと騙すような真似をしていて――」

「謝らないでください、モディさん。立場のせいで身動きが取れなくなる気持ち、私にもよく分かりますから。それに、モディさんのこと、私、ずっと大好きです」


 大粒の涙をこぼしてリラを抱きしめるモディを横目に、ベルムが腰をさすりながら口を開く。


「いろいろとスッキリして気持ちよくスタートがきれそうなところだってのに、俺がこんな状態になっちまっててすんませんね」

「いや、責任は俺にあると思っているよ。実際に剣を合わせていたのが俺だということもあるが、これまでにかかっていた相当の気苦労もまた原因の一つだろう。しっかり養生して、次の街に進もう」


 それに、とアルは続けた。


「この街に留まる理由はまだあるしな」

「昨日言ってた、若旦那との賭けの話ですかい?」

「ああ」


 アルは、昨夜リラにしたのと同じ、フォルミード商会と大聖堂との黒い繋がりについて説明した。それが終わると、トリステスが口を開いた。


「この街でも調査は進めていたけれど、とりあえず分かっているのは、ナトゥラのオーウォ商会と、くだんのフォルミード商会とは、いわゆる商売敵の関係にあるということね。私達がフォルミード商会に対して接近を試みるというのは、ナトゥラ=オーウォにとっても利のある話になってくると思うわ」

「オーウォ商会は歴史ある古い商会だが、フォルミード商会の方は新進気鋭だという話だからな。ひとまず、俺が彼に話を聞いてみよう。幸か不幸か、俺達の正体についても確信を得ているようだしな」

「お一人で大丈夫ですか?」


 トリステスが問うと、アルはちらりとリラを見てからトリステスの方に向き直った。


「ああ、一人で大丈夫だ」

「分かりました。では、私は私で動きましょう。テラ・メリタという国では、物事の多くが営利を優先して動いているようですから、他にも何かやましいことが眠っている可能性は高いので」


 それじゃ、と次に口を開いたのはモディだった。


「ベルムがこの調子で、殿下もトリステスも忙しいとくれば、あたしとリラちゃんはフリーってことね」

「おいおい、オレの看病はしてくれねぇのかよ」

「病気ってわけじゃないんだから、四六時中ついてる必要なんてないでしょ。あたし達の素性が明らかになった以上、なんの気兼ねもなくリラちゃんと一緒に居られるってことだもん、ねー、リラちゃん?」

「は、はぁ……」


 これまでも気兼ねがあったような気はしないけどなぁ、と思いながらリラは曖昧に頷いた。

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