第七十八話 やり直し
人知れぬ公園のベンチに、アルとリラは並んで座っていた。
肩を寄せ合って、腕が触れ合う距離で、リラはアルの肩に頭を預けている。
「皆さんは、ロクス・ソルスを救うための手段を求めて、旅に出たんですね」
「ああ。ステラ・ミラ、そしてテラ・メリタ、ふたつの大国と対等以上に渡り合うための外交手段、交渉材料を見つけるのが本来の目的だった。途中、頭目である王子がひとりの聖女に心を奪われてしまい、予定は大きく変わってしまったが」
二人が同時に小さく笑う。
「何か、手掛かりというか、うまくいきそうなものは見つかったんですか?」
「ここまでの旅で、ひとつだけ見つかった。ベルムとモディにもまだしっかりとは伝えていないが、トリステスが糸口を掴んだものがある」
「……あ、そっか。トリステスさんがアルさんの部屋に行ってたのって、そういう――」
「そういうことだ。彼女がペリスの街で見つけたのは、この国のフォルミード商会という団体が、ステラ・ミラの大聖堂に霊銀を密輸しているという事実だった」
えっ、とリラが頭を上げながら驚愕の声を漏らした。
「大聖堂に霊銀を? そんな――そんなこと、ありえません! 私達聖女は、自らの力でのみ浄化することを求められるんです。他の何にも頼らずに人々を救うからこそ、人々は聖女を大切にし、国の秩序も保たれると――」
「大聖堂に在籍していた君ですら知らなかったのなら、相当な暗部なんだろう。この真相を突きとめれば、両国にとって致命的な何かをあぶりだすことが出来るかもしれないと思っている。そして、それはうまく扱えばロクス・ソルスに大きな益をもたらす可能性がある」
もっとも、とアルは笑った。
「君の力があれば、そんな手練手管自体が不要になるかもしれないが」
「そこまで言うなら、もっと早くに本当のことを教えてくれてもよかったような気がしますけど」
そこまで言って、あっ、とリラがアルを見上げた。
「この前、朝一緒に過ごした時、私に正体を隠したまま唇を奪ったっていうことですよね」
う、とアルが目を逸らす。
「それって、ひどくないですか。王子様ともあろう方が、女性を騙して純潔を奪うなんて」
「じゅ、純潔を奪うというのは意味が違うだろう。それにあのとき、目を閉じればアルさんはアルさんだと、君は言っていたはずだ」
「その発言は撤回します」
つんと口を尖らせるリラに、アルは困りながらも口元が綻んでしまった。
真実を打ち明けて、心の枷が外れたおかげなのか、今まで以上にリラが可愛らしく、美しく目に映る。
その緩んだ表情に、リラは口は尖らせたままで顔を赤くした。
「何を笑っているんですか」
「いや、君に見とれていただけだ。膨れている顔も可愛らしいなと」
「か、からかわないでください! 本当に怒っているんですから」
アルは苦笑して続けた。
「それじゃあ、どうしたら許してもらえる?」
「……やり直してください。言葉も行動も、一通り」
「……わかった」
リラの肩と頬に、アルの手が優しく触れる。
「我が一切を、愛するリラに捧げよう」
短く水音が鳴る。
星の瞬きほどの時間が過ぎて、二人は離れた。
あらためて目が合い、照れ笑いを見せ合う。
「帰るとするか」
「はいっ」
大市の賑わいは幾分落ち着いていて、通りの屋台のいくつかは撤収を始めていた。
その中に、ナトゥラが使っていたような三日月の形の剣を見つけて、リラはハッとした。
「ナトゥラさんなら、そのフォルミード商会というところを連絡が取れるんじゃないですか?」
「確かにな。お互いに巨大な商圏を誇る団体だ、繋がりがないはずはないか。しかし、賭けに勝ったとはいえ、彼に頼みごとをするというのはな……」
「いいじゃないですか。優しい人ですし、機転もききますし、約束だってきちんと守る人だと思いますよ――……どうしてそんな嫌そうな顔をするんですか」
「してない」
「してました」
「してない!」
「してました!」
お互いに、これまでにはしなかった感情の出し方をしあって、宿に着いたのは月がすっかり傾いた頃だった。
アルが部屋に入ると、ベルムとモディが並んで寝息を立てていたので、アルは驚いて静かにそのまま部屋を出た。
「どうかしたんですか?」
「……モディが、こっちの部屋で寝ている」
え、とリラもこっそり扉を開き、中を覗く。
「……ベルムさんのことが心配で、付き添っている内に寝入った、という感じですかね」
「おそらく、そうだろうな。だが、となると――」
二人は忍び足で女性陣の寝室へと近づく。
リラが音を立てないように扉を開けると、中のベッドには、予想に反して誰もいなかった。
「変ですね。トリステスさんがいません」
「彼女のことだ。モディが俺達の部屋で寝入ることを見越して、自分は外へ出たのかもしれない。そうしないと、俺の寝床がなくなるからと」
そこまで言って、アルは自分が口にした言葉の意味を自分で理解した。
彼女の厚意に甘えるということは、つまり、自分とリラが床を一緒にするということだ。
リラもそれを理解して、顔を真っ赤にする。
「ど、どうしましょう」




