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第七十四話 驚くべき技量


「賭けをしましょうか」


 ナトゥラが微笑みながら言葉を紡ぐ。


「聞こう」

「私が勝ったら、貴方が自らリラ殿に真実を打ち明けてください」

「それをしたとて、彼女の気持ちがそちらに傾くとは限らないと思うが」


 若き商会長は頷いた。


「そうかもしれません。だが、私が暴露するという形では、彼女は私のことを快く思わないでしょう。どうやら、あれから貴方とリラ殿の関係はひとつ進んでしまったようですから、これ以上私が悪者になってしまっては、私の望みは叶わない。まったく、人の心は商売ほどには読み切れないものです」

「なるほどな。それで、俺が勝ったらなんとする?」

「いかなる協力をも惜しまない、というのはどうです? 遠方の北国からわざわざ諸国を巡るからには、何かしら求める物があるのでしょう。この国有数の情報網を持つ私なら、大いに力になれると思いますよ」


 アルは無言で小さく数度頷いて見せた。


「では、お手合わせ願いましょうか。何を使いますか? 先日は私の提案を受けてもらいましたから、今宵はそちらに従いますが」

「そして勝利を収め、完膚なきまでの決着をつける、ということか」


 アルは腰の剣を抜き、ステージに突き立てた。


「雪辱戦、というわけですか」

「まずは、な」


 ナトゥラが首を傾げる。


「まずは――とは?」

「これで俺が勝てば、互いに一勝一敗。だが、それでは決着がついたとは言い難いだろう」

「なるほど……では、三本目は突き立てた剣を手に取るとしましょうか。だが惜しむらくは、その機会はないだろうということですが」


 ナトゥラもまた、鞘から曲刀を抜き放ち、ステージに突き立てた。


「両雄の戦いは、鞘を用いた古典的な形で行われるようです! しかし皆様ご存じの通り、ナトゥラ=オーウォ、商会の若き導き手は、この決闘の名手! 旅の楽器演奏者がこれにどう立ち向かうか、とくと目に焼き付けましょう!」


 司会の煽りを受けて、観衆の声が熱を帯びる。

 ナトゥラは鞘を構え、ゆらりと大きく体を揺らし、スッ、スッと滑るように間合いを詰めだした。

 対して、アルは鞘を持ち、先を下に向けたまま動かない。


「アルさん……」


 ぎゅっと手を握り、祈るような気持ちでリラはアルを見つめた。

 その視線がアルにだけ向けられていることに気付き、トリステスは安心したように微笑んだ。


「ハッ!!」


 それまで流麗だったナトゥラの動きが、急激に直線を描く。その緩急の激しさに、見ている者の多くが目を奪われ、驚愕した。

 勝負は一瞬で決着した。

 不覚にも瞬きをしてしまった者達は、仕掛けた浅黒い肌の剣士の方が床に背をつけているという結果だけを目の当たりにした。


「さすがね」

「な、何がどうなったんですか? よく見えなかったというか、気が付いたら終わっていたというか――」


 感嘆するトリステスに、リラは解説を求めた。


「ナトゥラの仕掛けに対して、アルは後の先をとったの。動き出したのはナトゥラの方が先だったけれど、実際に相手に攻撃を仕掛けたのはアルの方だったのよ。踏み込み切っていないナトゥラの腕を打ち、アルはそのまま力任せに相手を倒した」

「そ、そんなこと出来るんですか?」

「本当に一瞬の出来事よ。ちょっとでもタイミングがずれると駄目ね。ほんのひと刹那、体重が前にかかり始める瞬間のタメに合わせて仕掛けないと失敗する。まぁ、並の使い手では千回やったとしても一度も成功しないでしょうね」


 ワァッと盛り上がる会場の中、アルは鞘を腰に戻し、続けて剣を引き抜いた。

 ナトゥラもまた、立ち上がり、曲刀を手にする。

 どうやら勝負が続くらしいことを察した観衆は、先程までの歓声を忘れ、静まり返ってステージに注目し始めた。


「なんともはや、驚くべき技量ですね」

「お褒めにあずかり光栄だ。降参するというなら、それはそれで受け入れるが」

「笑えない冗談だ」


 ナトゥラの顔から笑みが消えた。

 少なくともアルは、彼の表情から貼り付けたような笑みがなくなったのを初めて見た。


「血を見ぬ祭りというのも、退屈なものですからね」


 反った白刃を月光に煌めかせて、ナトゥラが流れるように足を運ぶ。

 アルもまた、間合いを一定に保つようにじりじりと動く。

 二人の動きは美しい円を描いた。

 観衆の中に、声を発するものは一人としていない。

 異様なまでの緊張感を殺気だと感知できるものはそれほどいなかったが、それが分かる者ほど注意深く両者の一挙手一投足を見守った。

 だが、痺れを切らした酔っ払いがステージに向かって盃を放り投げたことで、状況は変わった。

 ガシャン、という音と共にアルが先手を打った。

 踏み込み、小さく横に薙ぐ。

 大きく体を翻して、ナトゥラがそれを避ける。さらに連続して剣を振るアルに、ナトゥラは鋭い視線を向けながら避け続ける。


「大したものだわ」


 ぽつりと呟いたトリステスが、リラの視線に気付いて続ける。


「アルの攻撃には相当な膂力が込められている。ナトゥラの剣の細さを見るに、受ける場所によっては刃そのものが砕かれるほどに」

「すごい、ですね――」

「ナトゥラがね。一度も剣で受けずに攻撃を凌ぎ続けるというのは、相当な体術の使い手である証。やはり、彼は私達と比べて遜色のない技量を持っているわ」

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