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第七十三話 大勢の勇者

 日中の陽気は、日が傾いても続いた。

 そもそも雲が立ち込めることの少ない地域では珍しい天気ではなかったが、街全体の熱狂ぶりが気温をいつもよりも高めているのは確からしかった。


「さぁて、いざ出陣ってとこだな」


 自信に満ちた笑みを浮かべ、ベルムが大剣グレートソードを背負う。

 真剣を用いることは基本的にはない、という話だったが、そうなってもいいようにということで全員が愛用の武器を持参していた。


「トリステスさんは、短剣ダガーも持たないんですか? ケープ一枚羽織ってるだけですけど」

「そう見えるでしょう? それこそが私の狙いだもの」

「くわばらくわばら。結局ペリスの街でどんな物騒な物を調達したのか教えてくれてないし、トリステスとは戦いたくないわね~」


 モディが肩を竦めると、トリステスは笑って応えた。

 ベルムが宿を出て、モディ、トリステスもそれに続く。


「リラ」


 三人に続こうとしたリラを、アルの声が呼び止めた。


「剣劇の前に、君に伝えておきたいことが――」

「だっ、ダメですっ!!」


 お互いに目を見開いて、一瞬の沈黙が流れた。


「戦いの前に何かを伝えたり、約束をしたりするのは、やめてください! 聖騎士団でそれをした人は必ず怪我をしたり、危険な目にあったりしてました。お話があるなら、終わってからにしてくださいっ!」


 リラは、そう言って逃げるようにその場を離れてしまった。

 アルは小さくため息をついて、愛刀の柄を撫でた。


「皆様、永らくお待たせしました。今宵も、大市のひと時を盛大に盛り上げるべく、大勢の勇者が集いました!」


 街の中央にあるもっとも大きな広場に、円形のステージが特設されていた。

 街中の人間が集まったのではないかというほど人が集まり、大市を取り仕切る役の男が満足そうに両手を上げる。

 参加者はステージのすぐ近くに召集され、関係者も傍の席に案内された。


「例によって、戦いは一対一、得物は互いの承諾の上、格闘、模造刀、真剣を選んでいただきます! 勝者には名誉が、敗者には栄誉が授けられることでしょう!」

「要は賞金も商品も無しってことか。商人が取り仕切ってる割にはケチくさいわね~」

「ま、ただのお遊びってことだな」

「その割には、勝ち抜き方式で優勝者を決めるところまでやるのね」


 リラは張り出されている組み合わせ表を見た。参加者は二十人ほどだ。

 ざっと半分に分けて見ると、片方の山にモディとトリステスとベルムがいて、アルだけが別の山だった。ただ、ナトゥラの名前はアルの側にある。

 熱狂的な盛り上がりの中で試合は始まった。

 ウェルサス・ポプリ音楽団の面々は順当に勝ち上がり、そして、モディとトリステスが対峙した。


「さーて、やるからには本気でやるわよ、トリステス」

「ええ、構わないわ。でも、武器は? 本気でやる?」


 二人がステージ下のリラに視線を送る。

 リラはぶんぶんと勢いよく首を横に振った。


「怪我した方もさせた方も、リラが口をきいてくれなくなりそうね」

「昔懐かし、木刀一本勝負といきますか」


 二人の勝負はおおいに盛り上がった。

 それというのも二人の美しい肢体が軽やかにステージ上で舞ったからだ。

 同性のリラも見とれるほど、二人の動きはしなやかで力強く、美しくも強かな打ち合いになった。

 結果は、モディがトリステスの木刀を弾き飛ばし、勝敗が付いた。


「さすが、あのベルムをすら悶絶させる怪力の持ち主だったわ」


 汗を拭いてリラの隣に座りながら、トリステスはそうこぼした。


「おふたりに怪我がなくてよかったです」

「手はずっと痺れっぱなしだけれど」


 そんな会話をしている内にも試合は進み、準決勝のカードはベルムとモディ、アルとナトゥラという組み合わせになった。

 夫婦はステージに上がるなり、お互いに自前の武器を握っていた。

 それを見て、リラの血の気が引いた。


「どっ、どうして――」

「リラ、大丈夫よ」

「でも――」

「すぐ分かる」


 落ち着きはらっているトリステスの様子に首を傾げながら、リラは仕方なく腰を下ろした。

 試合の開始が宣言され、ベルムが大剣を振る。風切り音が広場一帯に響くほどの威力だ。

 その攻撃をかいくぐって、モディが一閃、夫の持つ剣の柄を弾いた。

 宙を舞った大剣を見て、誰もが決着を確信したが、次の瞬間、ベルムが体をぐるんと翻し、その勢いでモディの体を高々と持ち上げてしまった。

 モディはたまらず剣と盾を取りこぼす。

 結局、ベルムがモディのお尻を抱えて持ち上げるという夫婦の茶番でステージが終わり、会場は笑い声と拍手に包まれてしまった。

 ほっと胸を撫でおろしながら、リラはトリステスを見た。


「こうなるって分かってたんですか?」

「なんとなくね。モディはああ見えて、ベルムのことを心から愛しているから、ちゃんと立ててあげると思っていたわ。本気でやったら、それこそどちらが勝つか私にも予測がつかないけれど……少なくとも、彼の戦士としての尊厳を傷つけるようなことはしないのは分かっていたから」


 そういえば、とリラはこれまでのいくつかの戦いの場面を思い浮かべる。

 こと戦いの場面において、モディがベルムの言葉に異を唱えたり、彼よりも前線に立ったりしたことはない気がする。


「私が勝ち上がっていれば、ベルムと面白い戦いが出来たと思うけれど」

「見ていて寿命が縮みそうなので、そうならなくてよかったです」

「あら、そう? でも、今から始まる試合に関しては、そうも言っていられないかもしれないわよ」


 ステージ上では、アルとナトゥラが向かい合っていた。

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