表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/160

第七十一話 恥を雪がないままに


 夕方の公演が終わり、観客の一人がベルムの元に駆け寄った。


「団長のダンナ。アンタ方の演奏はたいそう素晴らしいね」


 ありがとよ、とベルムが笑うと、横からモディが顔を出した。


「お客さん、あたしらが場所を変えても足しげく通ってくれてるよね。そんなに気に入ってくれたのか、はたまた別の要件があるのか。はてさて、どっちでしょ?」

「鋭いね、ネェちゃん」

「おいおい、こいつはもうネェちゃんっつー歳じゃねェボァッ!」


 悶絶するベルムを置いて、モディが言葉を紡ぐ。


「で、あたしらに何の用? 旅の身としては、面倒事は避けたいんだけど」

「なに、込み入った話じゃねぇさ。おいら、この街で月に一度開かれる大市を取り仕切ってる者なんだがね。十日後のそいつに出てくれやしないかと、誘いに来たのさ」


 なるほどね、と頷くモディに男は続ける。


「ところが、来週にはこの街を出て行っちまうって話を小耳に挟んだもんでね。オーウォ商会はおたくらを抱えたのにかこつけて商売よろしくやってるが、街全体のことを考えてるおいらとしちゃ、考えるところがあってね」

「まったく、あの若旦那ときたらあくどいわね~。あたしらにはいいこと言って囲い込んでおいて、その裏で巧いことやってたってわけだ」


 リラとアルは片付けの手を止めて、その会話を聞いていた。


「大市――コルヌの都でもありましたね。月に一度という頻度ではありませんでしたが」

「大きな街なら、どこでもやっている催しではあるだろうな。もっとも、内容は様々に違うのだろうが……もし! 大市ではどういうことがなされているんだ?」

「そりゃ色々だとも、色男さん。俺としちゃ、話題の音楽団に演奏してもらって盛り上げたいんだが、その他にも、通りに屋台はひしめくし、舞踊集団が広場で舞うし、そうそう、腕自慢が集まって技比べもやったりするぜ。剣劇ってぇ名前なんだが、場合によっては真剣を使って勝負する一大イベントよ」


 アルの目がきらりと光ったのを、リラは感じた。

 あの朝の出来事から、彼のちょっとした感情の変化も分かるようになった気がする。今までも表情から読み取ってはいたと思うのだが、顔つきは変わっていなくてもなんとなく分かるようになった。

 何か、閃いたようだ。


「引き受けよう。いいだろう、ベルム?」

「おぉ、お前さんが言うなら構いやしないが……その技比べってのに引かれたのか?」


 アルは大きく頷いた。


「仕切り役殿。俺はこのウェルサス・ポプリ音楽団のリュート弾きで、名をアルという。腕には相当の覚えがある。その腕比べとやらに出場するから、大いに宣伝してくれないか」

「がってんだ! 評判の演奏で盛り上げてくれれば御の字と思っていたが、そいつの方が話題性はばっちりだ。こいつぁ金になりそうだぜ~」


 鼻歌交じりで飛ぶように去っていった男を見送ってから、ベルムがにやりと笑った。その視線はアルに向けられている。


「随分と分かりやすい挑発をかますじゃねぇか。だが、立場のある若旦那が、お前に再度恥を掻かせるためだけに乱痴気騒ぎにエントリーするかぁ?」

「さぁな。しなければしないで、俺は勝手に不戦勝ということにさせてもらう。とにかく、恥を雪がないままにこの街を出ることは俺の誇りが許さん」


 笑ってそう言うアルの表情に、怒りはない。

 リラは少し前まであったアルの影のようなものがなくなったのを見て、口元をほころばせた。

 その様子を見たモディも、にやにやと笑って近づく。


「そんなこと言って、リベンジ果たせずリラちゃんの前で負けでもしたら、今度こそ愛想つかされちゃうわよ? この前の朝に何があって仲良くなったのかは知らないけどさ」

「俺の心配は無用だ。なんなら、お前らも出たらどうだ? ロクス・ソルスを出てこっち、人外の魔物ばかり相手にして飽き飽きしていたところだろう。もっとも、愛する妹分に情けない姿を見られたくないというなら、無理にとは言わないが」


 アルが笑ったのに対して、モディ、ベルム、そしてトリステスまでもが笑顔の中に別の感情を滲ませた。


「まともに女の子の手も握れないお子様が、言うじゃない」

「ちょいと、お灸を据えてやった方がよさそうだな」

「年長者に対する敬意を思い出させてあげた方がよさそうね」


 バチバチと火花が散るような視線をぶつけ合いに、リラは固い唾を飲み込んだ。

 だが、単純にわくわくとした興味も覚えた。

 四人それぞれが歴戦の強者であるのは間違いないが、戦ったら、誰が一番強いのだろう。

 どうせなら、ここにムスケル団長なんかが入ってもよさそうだ。


「先に抜いたのはそっちだからな。立場云々抜きにして、一切の手抜きなしだぜ」

「望むところだ」


 異様な緊張感を漂わせたまま楽器その他は片づけられ、その後、大市までの間、音楽団の演奏はどこか攻撃的な楽曲が多かった。


――

遠くから来た 英雄たちよ

己の信念を 胸に抱いて

勇気を奮って 戦い抜く

誇り高き 戦士の魂


光る剣と 煌めく盾

戦う姿が 誇り高く

汗と涙が 証する強さ

揺るぎなき 意志の証


星空の下で 魂を託し

誇り高く 戦う姿

涙と笑顔が 交差する

誰もが見る 輝く未来

――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ