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第六十九話 勝ち

 リラは勢いよく手を伸ばし、アルの腕に触れ、そのまま巻き込むように組んだ。


「リ――」

「ま、迷子になるといけないのでっ!」


 顔を真っ赤にしながら、リラはアルの逞しい腕にしがみつく。

 お互いに歩き方がぎこちなくなって、ひょこひょこと歩く形になってしまった。


「アルとしては、リラちゃんが若旦那さんと手を握って歩いていたことがショックだったわけ。まずはそこを払拭してあげないと、たとえ想いを告げたとしても同情から口にしているだけだと思われかねないわ」

「そんな。そもそも、私からナトゥラさんの手を握ったわけではなくて、流れでそうなっただけというか――」

「だから、そういうのが女慣れしてる男のやり口なんだってば。純情可憐なリラちゃんだから、まんまと嵌められちゃったの」

「それじゃあ、どうしたらいいんです?」

「簡単よ。手を握って歩く以上のことをやってあげればいいの」

「手を握る以上って――」

「腕組みね。決まり。隣を歩きながら、ガバッといっちゃいなさい!」


 ひとまず言われた通りに腕を組んでみたものの、密着していて歩きにくい。しかも、ちょうど自分の胸がアルの腕に当たってしまっている。もっとも、当たったところで認識されるほどのものはもっていないのだが。

 アルが何も言わないので、とりあえず嫌がられてはいない、という判断をして、リラは続けてモディのアドバイスを想起していく。


「朝食に誘って、腕を組めたら、次はどうしたらいいですか」

「そりゃ、もちろん食事をするべきよね。実はあたし、面白そうなお店をひとつ見つけておいたんだ」


 モディに言われた店は、幸い、すぐに見つけることが出来た。

 砂漠に近い街には珍しい、木材で壁を装丁している店だ。なんでも、ステラ・ミラ聖王国の北部の料理を提供しているとのことで、アルを食事に連れ出した理由ともしっかり合致する。


「あそこがよさそうだな」

「あっ、はいっ、そうですね。私もそう思ってました」


 古木の扉を開けると、中はひんやりと涼しい空気が流れていた。昨夜のテントのレストランはどこか蒸すような空気が感じられたが、懐かしいような清涼感がある。


「朝は決まった物しか出してないよ」


 一人で切り盛りしているのだろうか、恰幅の良い中年の女性が不愛想に言った。

 リラとアルはそれでいい旨を伝えると、すぐにプレートが差し出された。大小二枚ずつの皿が乗っている。どんぐりほどの大きさのパンがころころと乗っかっている皿、豆の入ったスープ、黒い種が目立つ赤いフルーツ、そして肉の腸詰。


「これくらいの量の食事を見るのは久しぶりだな」


 席に着きながら、アルが笑って言った。


「そうですね。宿ではいつも、テーブルいっぱいに大皿が並べられてますから……正直、あまり快いものではありません」


 小さく首を傾げるアルに、リラは言葉を続けた。


「宿では口に出せませんが、食べきれないほどの料理を供するのは、お行儀が悪いというか、意味がないことのように思えるんです。王侯貴族の方々は、そういった食事の楽しみ方をしていると聞きますが、聖女の教えはともかく、私としても慎ましさは大切だと思うので」

「同感だな。もっとも、王侯貴族と言っても、みながみな、同じように贅沢な暮らしをしているわけではないとは思うが」


 そうですね、と笑って、リラは自分もアルも微笑んでいるのに気付いた。そして、お互いにお互いの顔を見て、ハッとして俯いてしまった。

 不思議な気まずさを感じてしまう。その気まずさがどこからくるかといえば、昨夜、アルがナトゥラに不覚をとったから――だけではないのがリラには分かっていた。


「一目見て恋に落ちて、あ、この人と添い遂げたいな、っていう恋もあるわ。でもね、一緒に過ごしてて自然と笑顔になれてる自分に気付くと、あっ、私、この人のこと好きなんだなぁ、って自覚できる恋だってあるのよ」

「モディさんもそうだったんですか?」

「まぁね。向こうは完全に一目惚れだったみたいだけど、あたしは気が付いたら、って感じだった。だから、リラちゃんも、アルと一緒に居てそれが自覚出来たら、やっぱり好きだってことなんだと思うよ。そんな風に思えたなら、思い切って気持ちを伝えちゃう方がいいと思うな」


 甘めに味付けされた小さなパンをかじり、正面を向く。

 同じタイミングで顔を上げたのか、目が合ってしまい、また下を向く。

 そんなことを繰り返している内にプレートは平らげられ、二人は料金を支払って店を出た。




「――と、まぁ、あたしとしてはリラちゃんに、思い切って告白するようにアドバイスをしたってわけ」


 いつも通りの豪勢な朝食を終えて、三人は宿のテラスに集まって談笑していた。遮るもののない日差しが、一日の暑さを予感させる。


「私はそこまでしなくても、二人で時間を共有すれば収まるところに収まるだろうと思っているけれど……まぁ、男女の関わりについては疎いから、何も言わなかったわ」

「なんだよ、じゃあオレの勝ちじゃねぇか」


 ベルムの妙な物言いに、二人は怪訝な顔をして首を傾げた。


「何よ、『勝ち』って?」

「そりゃ、お前、俺がどうやってお前をモノにしたか思い出してみろって」


 モディの顔が固まる。


「まさか、殿下がいきなり「俺と結婚して欲しい」って――?」


 愛妻の戸惑う顔に、ベルムは自信たっぷりの笑顔で返した。

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