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第六十八話 失礼しますっ

 それでも浮かない表情のままのリラを見て、今度はモディが口を次いだ。


「何か、引っかかってるのね」

「……私の気持ちがそうだとして、それが受け入れられなかったときに、自分の居場所がなくなっちゃうんじゃないかと思うと、怖くて――」

「ウェルサス・ポプリ音楽団にいられなくなるかも、ってコト?」


 泣きそうになりながらリラがこくんと頷くと、モディは鼻から息を吐きながら苦笑した。


「馬鹿言わないの。リラちゃんとアルがどういう関係になったとしても、リラちゃんは私達の仲間よ。仮にあたしとベルムが仲違いして夫婦関係を解消したとしたら、リラちゃんはどっちかを追い出そうと思う?」

「それは……思いませんけど」

「でしょ? リラちゃんはリラちゃん、アルはアル。二人が恋人になろうが、夫婦になろうが、あるいは男女の友情を保とうが、あたしにとってふたりが大切な仲間だってことは絶対に変わらないわ」

「状況は複雑に見えるけど」


 トリステスが言葉を次いだ。


「私もモディも、貴女には自分を大切にして欲しいと思ってるわ。きっと、ここにラエティティアさんがいても同じようなことを言うんじゃないかしら」


 親友の顔が、「いつまでもウジウジしてんじゃない! 聖女だったら行動あるのみ!」という言葉とともに、とびきりの笑顔で浮かんでくる。


「そう、ですね」

「考えようによっては、今回のことはいいキッカケだわ。リラが心穏やかでいられない日が続くのは困るし、それ以前にアルは明らかに調子を崩してるし」

「そうだ!」


 モディが高らかに声をあげ、にんまりと笑ってリラを見る。


「い~いコト思いついちゃった」


 リラとトリステスは、あまり良い予感はしないながらも、耳を傾けることにした。




「アルさん!」


 翌朝、食事会場に向かう途中でアルを見つけて、リラは真正面に立ちはだかって言った。アルはこれまでに見たことのないリラの表情と様子に、珍しくたじろいでしまっていた。


「お、お願いがあるんですが!」

「あ、ああ……?」


 きょとんとしたままのアルと、目が血走っているリラを遠目に見ながら、ベルムが首を傾げる。


「なんだ、ありゃ。さては、お前らの入れ知恵か?」

「人聞きの悪いこと言わないでよね。あたしらは、可愛い妹分のことを思って適切なアドバイスをしただけよ」

「結果的にロクス・ソルスのためになるかどうかは、申し訳ないけど度外視してると思うわ。でも、ベルムだって、リラが幸せになることについて異論は挟まないでしょう?」


 まぁな、と相槌を打つベルムは、ひとまず成り行きを見守ることにした。

 リラの話を一通り聞いて、アルは腕を組んだ。


「つまり、朝食をここではないところで摂りたい、ということか?」

「は、はい! ここのお食事はとても美味しいんですけど、少し脂が強くて、お腹の調子がよくなくて……」


 リラはわざとらしく腹部をさすりながらアルを見つめた。それは、前夜にモディから教わった、「男をイチコロにする方法」の一つ、「分かりやすいジェスチャー」だった。


「ふたりで、か?」

「ご、ご迷惑でなければ!」

「……分かった。実は、俺もこの宿の料理のスパイスが強すぎて、少し辟易していたところだ。ベルム、すまないが――」

「お~、行ってこい、行ってこい。街には物騒な奴・・・・もいるようだから、一応剣は持っていけよ。んで、相手が誰だろうが、慣れないことはしないでいつも通りに戦うことをオススメするぜ。あぁ、リラも、戦鎚メイスは大袈裟だが護身用の短剣ダガーくらいは持つようにしとけ」


 リラはトリステスから刃渡りが短く扱いやすそうな剣を借り、アルも愛用の剣を携えて、二人は宮殿のような宿を後にした。

 その様子を見送って、トリステスが首を傾げた。


「妙ね。殿下のことだから、何かあったかと勘繰ったり、昨日の今日でヘソをまげて、君と食事に行けるような状態じゃないと気障に断ったりしそうなものだけれど」

「……さては、あんた、殿下になんか言ったわね」

「おぉん? 俺はただ、敬愛する殿下のことを思って適切な助言をかましただけだぜ。結果的にロクス・ソルスのためになるかどうかは別としてな」


 どうやら夫婦がそれぞれの助言をしていたらしい事実を知って、トリステスは安心しながらも一抹の不安を覚えて天井を仰いだ。




 宿を出てすぐに、それで、とアルが口を開く。


「どこか、あてはあるのか?」

「え~と――」


 昨夜、モディに教わったことを思い出しながら言葉を紡ぐ。


「たまには、のんびり歩いて入るお店を決めるのもいいと思いませんか?」

「ふむ……」


 てくてくと当て所なく歩きながらも、リラはばくばく高鳴る心臓の鼓動を聞いていた。

 モディのアドバイスを実行するのは、とてつもなく勇気が要った。

 かつて、屍鬼グールになりかけている人を浄化したときよりも緊張している気がする。

 あるいは、はじめて聖騎士団の執務室でファルサから叱責を受けた時よりも胸の鼓動が早い気がする。

 でも、やるんだ。


「し、失礼しますっ!」

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