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第六十五話 安全が確保されている

「……おっと、もうこんな時間だ。あまり遅くなってしまうと、腕っぷしの強い団長殿に犬鬼コボルドよろしく切り捨てられてしまうな」


 おどけて見せるナトゥラに、リラは思わず笑ってしまった。

 テラ・メリタ共和国を代表する巨大な商会を束ねる実力者――という肩書を背負っているようには見えない。

 会計を済ませ、外に出てはじめて、リラはナトゥラの腰に曲刀が下がっているのに気が付いた。

 その視線に気付いて、ナトゥラがチャリ、と鍔鳴りを響かせる。


「恥ずかしながら、私もそれなりに覚えがあるのですよ。もっとも、リラ殿のお話を聞いた感じでは、ウェルサス・ポプリ音楽団の皆様には到底敵いそうにないが」


 食事中に話していて思ったことだが、ナトゥラは自分を高く見せるようなことをほとんど言わない。それは、これまでにステラ・ミラの貴族達と関わってきたリラには新鮮な驚きだった。富や地位のある男性というのは、そうやって自らを誇示するものだと思っていたからだ。


「それじゃあ、私と同じくらいかもしれませんね」


 ナトゥラの剽軽さに釣られてか、リラも普段は言わないような、冗談のような強がりを口にした。


「では、いざとなったらリラ殿に守っていただくとしよう。いや、二人で逃げた方がいいかな?」


 そう言って、ナトゥラはリラの手をとって一緒に走り出すような素振りを見せる。


「私、足が遅いので、それは難しいかもしれません」


 笑いながら、リラはふと思い出したことを口にした。


「そう言えば、アルさんは足がとても速いんですよ。ペリスの街を歩いていたときに、ひったくりがあったんですけど、風のように走ってあっという間に捕まえて――」

「リラ殿」


 それまで、リラが話しているときは一度も口を挟まなかったナトゥラが、リラの言葉を遮った。口元には微笑を称えながら、目には無言の圧力がこもっている。

 思わず口を閉ざしたリラに、ナトゥラは口を開いた。


「今夜、私はアル殿の話をあえて聞きませんでした。貴女の気持ちが彼に少しでも向けられているであろうことを思うと、彼の話を聞く気になれなかったのです」


 つまり、とナトゥラは続ける。


「嫉妬です」


 恥ずかしそうに頭を掻くナトゥラに、リラはなんと言っていいのか言葉を見失ってしまった。

 手は繋がれたままの状態で、黙って歩くことになってしまい、リラは思考を巡らせ、その内にベルムに言われたことを思い出した。


「断る場合ははっきりと、可能性がないってことを断言して伝えなくっちゃあ駄目だぜ。もしかしたら、なんて淡い期待をもたせることほど残酷なことはねぇ」


 ごめんなさい、私、アルさんのことが好きなんです。

 そう伝えれば、ナトゥラは微笑みながら「わかりました」と答えて諦めるのだろうか。

 でも、と思う。

 アルのことを好きだという、その自分の気持ちに自信がない。

 こうしてナトゥラと食事をして、楽しいと思ってしまえることは、アルへの気持ちが本当でないことの表れのように思えてくる。


「この街には、あとどれくらい滞在を?」

「え、っと――」


 ベルムとの別の会話を思い出す。


「当初は、二週間くらいは滞在する予定だったんですが、もしかしたら来週の初めには発つことになるかもしれません」

「なんと、それは急な話だな。次の街となると……西のワスティタス砂漠には遊牧民はいても里はない。北に向かって、ゲンマの街ですか?」

「そこまでは、いつも、行き先はベルムさんが決めているので――」

「リラ」


 正面から、聞き馴染みのある精悍な声が聞こえた。


「アルさん」

「帰りが遅いので、何かあったかと思って迎えに来た。君はこれまでにも、トラブルに巻き込まれたことが何度かあったからな」


 ペリスの街での出来事を思い出し、リラはかっと赤くなった。


「これはアル殿、お迎えありがとうございました。しかしこの通り、リラ殿は無事に帰路についておりますので、安心してください」

「そうだな。少なくとも、片手が塞がっても安心なほどには安全が確保されているらしい」


 ハッとなって、リラは反射的に手をほどいた。言いようのない罪悪感のようなものが胸に広がる。


「そうですな。この街の治安は、テラ・メリタの中では良い方ですから。それに、生半可な輩が襲ってきたとしても、私が返り討ちにして差し上げますので、護衛の心配もいりません」


 チキ、とナトゥラが剣の柄に触れる。

 異様な緊張感を、月明かりが照らしていた。


「……オーウォ一族は、テラ・メリタで財を成して力をつけるより以前、武芸によって身を立てていたと聞いたことがある。なんでも、源流を遊牧民の舞踊にもつ独特の身のこなしで、三日月を模した湾曲した剣を振るい、砂漠の勇名を欲しいままにしていたと」

「アル殿は博識でいらっしゃる」


 ナトゥラが笑う。


「偉大な先祖達に感謝はしていますが、そのことをご存知の方からは過大な評価をされて困っているというのも本音です。何せ、私の剣腕はあくまでも街中で身を護れる程度のもので、戦場のそれとはまるで違いますから」


 そう言いながら、ナトゥラはアルに歩み寄っていく。


「よければ、お試しになりますか」

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