第六十四話 感触は悪くなさそう
リラは途中でオーウォ商会の仕立て屋に立ち寄らせてもらい、演奏でかいた汗をさっと拭き、ナトゥラが用意してくれた涼やかな緑色のドレスに着替えた。館で着せてもらっているものよりも露出が控えめで、安心して袖を通すことができた。
「よくお似合いですよ」
「ありがとうございます」
「そのデザインなら、大丈夫でしょうか」
驚くリラに、ナトゥラが微笑む。
「侍従達に聞いていました。宿で着てもらっている衣装は、リラ殿には少々受けがよくなさそうだと。そこで彼女らに助言を求めた所、もう少し控えめなものがいいのではないか、と言われていたところでしてね」
「気を遣わせてしまって、申し訳ないです」
「なんの。好いた女性のためなら何でもできるのが男という生き物です。さ、行きましょう。楽団の服は、店の者に宿まで届けてもらいますので」
ナトゥラが案内したのは、リラが想像していたよりもずっと小さな、こじんまりとした食堂だった。
造りのしっかりした建物というよりも、少し頑丈めに建てられたテントという感じだ。この大きさだと、調理スペースも考えるとせいぜい三組くらいしか入れなさそうに見える。
「意外だったでしょう?」
「そう、ですね。ナトゥラさんくらいのお金持ちの方が来るお店には見えないと言いますか……」
正直に感想を伝えたリラに、ナトゥラはにっこり笑って見せた。
「豪華絢爛、煌びやかな食卓も悪くありませんが、こういう場所も個人的には好みでして」
分かるなぁ、と思ってリラは微笑んだ。
荘厳な大聖堂の重々しい雰囲気で食べる食事よりも、ウェルサス・ポプリ音楽団のみんなと肩を寄せ合って食べる小さな居酒屋の方が、ずっと居心地がいい。もっとも、それは「どこで」ではなく「誰と」という意味合いの方が強いのかもしれないが。
「その顔を見る限り、感触は悪くなさそうですね」
リラの顔が赤くなる。
「さ、入りましょう。この見た目ですが、味は保証しますよ」
中に入ってみると、予想通りの狭さで、テーブルは二組しかなく、椅子もそれぞれに三脚ずつしか設置されていない。
慣れた様子で店主と会話をして、ナトゥラがリラの為に椅子を引く。
アルさんと一緒だ、とリラは笑った。
「ここは何でも美味しいので、私の取り仕切りで構いませんか」
「はい。まだテラ・メリタの料理は知らないものが多いので」
そうして一皿目に供せられた料理を見て、リラは思わずあっと小さく声を出した。
「これ……」
「半熟卵のサワークリーム添え。懐かしいでしょう? 貴女のことを知りたくて、少し調べさせていただきました。といっても、個人的なことではなく、大聖堂のこと、聖女の生活についてですが」
確かに、この料理は大聖堂でたまに食事に出てきた一品だった。ラエと二人、楽しみにしていた。
「テラ・メリタ共和国の伝統的な料理は、西に行けば行くほどスパイスを効かせたものが多くなるのです。皆さんに泊まっていただいている宿でお出ししている料理も、刺激の強いものがあるでしょう?」
「そう、ですね。そう言えば、モディさんとトリステスさんは舌が痺れると言ってました。私は全然気にならなくて、むしろ好きなくらいなんですけど」
言いながら、リラはいつもそうしていたように、半熟卵の間にスプーンを入れ、サワークリームと混ぜ合わせた。そっと口に運び、下の上に乗せる。じゅわっとした酸味と、まろやかな甘みが口に広がっていく。
「お口に合ったようで何よりです」
気持ちがすぐ顔に出てしまう自分を恥じながら、リラははにかんで応えた。
食事をとりながらの会話のテーマは、ウェルサス・ポプリ音楽団の面々についてだった。
リラはナトゥラの質問に答えるような形で、モディ、ベルム、トリステスらの人柄について話した。
「モディさんは、頼れるお母さんというか、お姉さんというか、そういう感じです。歌もとっても上手です。優しくて、包容力があって、傍にいてもらうととても安心します。もっと大人になったら、あんな風になりたいなぁ、って」
「私が聞いた話では、胡桃色の髪の女性は優れた剣士でもあるとか?」
「そう、ですね。細剣と盾を使うんですが、とても強いんですよ。視野も広くて、まともに攻撃を受けたことはないんじゃないかなぁ」
「同じ女性のトリステスさんは、どうですか?」
「理知的で、聡明で、モディさんとは違う意味で憧れの女性です。横笛の音色はまったく澱みがなくて、すごく気が利いて、なんでも出来て……しゃべっていると自分に自信がなくなるくらいです。魔物との戦いも、表現が変かもしれませんけど、まるで踊っているように美しいんですよ」
「それは一度拝見したいものですね。団長殿は、見るからに屈強な戦士のようですが」
「もちろんです! 犬鬼や小鬼が束になってかかっても、ベルムさんならかすり傷ひとつ負わないと思いますよ。あ、でも、奥さんのモディさんには全然敵わないから、実は音楽団で一番強いのはモディさんかも……」
ナトゥラが声を上げて笑い、頷き、会話を弾ませてくれるおかげで、リラは自分でも驚くほどしゃべっていた。ラエと話しているときも会話は弾んでいたが、どちらかというと彼女とは話すのと聞くのが同じくらいのバランスだった。こんな風に一方的にたくさんの話をするのは、自分では珍しいことだ。
「す、すみません。なんだか、一方的に私の話をしてしまって」
「なんの、こちらが聞こうと思って尋ねているのですから。それに、リラ殿の話はとても聞きやすい。声が素敵なせいかな?」
唐突に褒め言葉が入る。
ナトゥラのそんな切り返しに、リラはいちいち照れてしまうのだった。




