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第六十二話 謝るべきは

 手洗いの為に部屋を出たリラは、迷子になっていた。

 行きは女中に道を聞いて辿り着いたのだが、用を済ませて帰ろうとしたら、目当ての場所に出ることが出来なかったのである。

 はたと困って辺りを見回してみても、ひと気がない。

 大聖堂を思い出させる白塗りの壁とだだっ広い廊下は、懐かしさよりも怯えのような感情をリラの中に沸き立たせた。


「リラ殿?」

「きゃっ――」


 不意に後ろから声をかけられ、振り向くと、そこには浅黒い肌の青年が立っていた。食事の時とは違う、寝間着のようなものを纏っていた。


「申し訳ない。驚かすつもりはなかったんですが、どうしてこんなところにいるのかと思って。その先にあるのは、ただのゴミ捨て場ですよ」

「……迷子になりまして」


 俯き加減のリラの言葉に、ナトゥラは声をあげて笑った。


「私が描いていた聖女のイメージが、ことごとく覆されますね。片側だけの『銀の爪』、優れた腕前のリュート、美しい歌声、そして方向音痴。どれも魅力に満ちている」

「か、からかわないでください」


 リラが顔を赤くすると、ナトゥラはにっこり微笑んだ。


「お部屋までお送りしましょう」


 スッと差し出された手を取るべきか、逡巡してから、リラはこわごわ手を伸ばした。ナトゥラの手が優しくリラの手を包む。


「眠れぬ夜も過ごしてみるものだ。こうして貴女の手に触れられる好機に恵まれようとは」


 どう言葉を返していいか分からないまま、リラは黙ってエスコートを受ける。


「つかぬことをお聞きしますが」

「はい?」

「アル殿は、どういった御仁ですか?」

「アルさん、ですか?」


 問い直しながら、リラは胸の鼓動が早まったのを感じた。どうしてナトゥラが彼のことを聞くのか。


「優れたリュート奏者、です」

「他には?」

「とても強い剣士」

「それだけ?」

「……だと、思いますけど」


 そう言えば、彼が吟遊詩人を目指していたという話は聞いた気がするけれど、他のことは知らない。モディが騎士団に顔を出していたとか、ベルムが一時的にでも騎士団に在籍していたとかいうことも知らなかった。アルについても、自分が知らないことはもっとあるのだろう。


「ふむ……やはり、素直に聞いてみるのが一番のようだ。単刀直入に尋ねます。アル殿は、貴女にとってどういう人物なのですか?」

「私にとって、アルさんが――?」


 アルが恋敵であるかどうかを確かめたいということなのだろう。たしかに、自分がアルと相思相愛であるとなれば、諦めるのが人の道と言うものだ。

 恋人――と、ラエにはからかわれた。

 からかわれて、嬉しかったのは事実だ。

 そうだったらいいな、と何度も思った。

 でも、それは自分の漠然とした、夢とも目標ともいえない願望のようなものでしかない。

 今の関係性を壊れるのが怖くて、踏み込む勇気もない。


「アルさんは――恩人です。私をウェルサス・ポプリ音楽団に引き入れてくれて、たくさん助けてくれて、困ったときに傍にいてくれる人、です」


 なるほど、とナトゥラは何度も大きく頷いた。


「恋仲である、と断言されなかっただけ、まだ私が入り込む余地はありそうだ。それに、貴女と話したことで彼についてまた少し理解できた」


 ナトゥラの言葉の真意を掴めず、リラは小さく首を傾げた。


「さぁ、ここまでくれば大丈夫でしょう。あそこの扉が見えますか?」

「あっ、本当だ。ご迷惑をおかけしました」

「いえいえ。むしろ、謝るべきはこちらの方。なにしろ、こちらとしては少しでも長く話したくて、わざと大回りをしたものですから」


 目を見開いたリラに、ナトゥラは白い歯を見せる。


「それでは、おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」


 大きな扉を開いて部屋の中に消えたリラを見送って、ナトゥラは踵を返して廊下を歩き始めた。腕を組み、足早に思考を巡らせる。


「……アル殿の外見や雰囲気からして、てっきり彼はロクス・ソルスの王の血に連なる者なのではと思ったが、リラ殿の口ぶりではそんな気配はなかったな。いや、待てよ。もしや……――」




 翌朝、大食堂で朝食を終えた音楽団の面々は、家主の承諾を得てそのまま当面の予定について話をしていた。


「若旦那の話じゃ、このサクスムの街には瘴疽の患者がそれなりに居るってことだったな。瘴気の害が広がっているのは、国が変わっても同じってことか」

「問題は、それを掌握してる当局がないってことよね。ステラ・ミラ聖王国とは違ってありとあらゆる活動が自治的になってるからといって、まさか瘴気への対応も街によって違うなんてね~」

「考えようによっては、俺達のような旅の身が自由に活動できるというメリットがある。この街の人間すべてを浄化できたかどうかの確認は難しいかもしれないが、ある程度範囲を決めて日毎に公演をこなしていけば、一応の解決は望めるんじゃないか――リラ、聞いているか?」

「えっ、あっ、はい」


 慌てて目を大きく見開いたリラを見て、アルがため息をつく。


「金持ちに言い寄られて浮かれる気持ちは分からなくはないが……」

「ちっ、違います! 私、別にそういうのじゃ――」

「あー、はいはい、建設的な話をしましょうね。とりあえず、これまでにやって手応えのある方法でいきましょ」

「ひとまずマーチをして回る、ということね。街の規模から言って、ひと月はかからないでしょう。アルもリラも、それでいいわね?」


 トリステスの言葉に、二人は渋い顔で頷いた。

 やれやれと息をついて、ベルムが仕切り直した。

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