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第六十一話 あたしだってそうだった

「まんまと手の平の上で踊らされた、って感じね」


 部屋に戻るなり、モディが憮然とした表情で言った。


「通りで声をかけた段階で、既にあたし達が噂の音楽団かもしれないって目星をつけてたわけでしょ。だから、食後に演奏するように話を持っていったんだわ。も~、これだから商人ってやつは嫌んなっちゃうのよね!」


 バフッとベッドに背中を預け、モディはうんと伸びをした。


「さすがは大商会の長、といったところね。明け透けのない笑みの裏で、相当な知略を巡らせている。しかも、人々の間に流れる流言飛語にまで耳を傾けているなんてね」

「なんでもすぐに顔に出るウチの旦那とは大違いだわ。でも、まぁ、少なくともリラちゃんに対する気持ちに嘘はなさそうだけど。そこんところは、打算が見えないもんね」

「それはそれで、困ったことになるような気もしているけれど――」


 トリステスが青い髪を手で流しながら、ベッドの縁に腰かけた。


「ねぇ、リラ。彼にどう応えるつもりなの?」

「どう、って――」


 目を伏せたリラに、トリステスはそのまま続けた。


「商会の利益だけを考えれば、値千金の情報をそのまま黙っているのは割に合わないはず。それをしないと宣言したのは、彼が貴女に対して本気だということでしょう? ゆくゆくは添い遂げたい、という発言まで飛び出していたことだし」

「私は――……」


 リラの頭に浮かんでいた顔は、ナトゥラではなくアルだった。

 アルから直接、好意を告げられたことはない。でも、お互いに気持ちが通じ合っているように感じたことが何度かある。自分の思い上がりかもしれないけれど、もしかしたら、ゆくゆくは恋人や、その先の関係になったりするんじゃないだろうかと想像していた。

 こんなことになって、今、彼はどんなことを考えているんだろう。


「……少なくとも、すぐに応じるつもりはないということね。それだけ分かれば充分よ」

「すみません、はっきりしなくて」

「なに言ってんのよ、リラちゃん。急にプロポーズまがいのことをされて動揺しない方が変だわよ。何を隠そう、あたしだってそうだったんだから」


 リラが首を傾げ、トリステスがクスクス笑う。


「モディさんも……って、ベルムさんから、ってことですか」

「そうよ。出会って初手でプロポーズ! 当時、あたしは家を出て騎士団に入ってたんだけど、それなりに実力は認められてたの。で、向こうは向こうで既に実力を認められて剣術指南役になってて――」

「モディ!!」


 トリステスの声が鋭く、これまでに聞いたことのない焦りの色を帯びて放たれた。モディは反射的に口を押さえ、大きな目をさらに大きくしてリラの方を向いている。


「モディさんが、騎士団に……? そういえば、前にもいつだったか、ベルムさんが、剣術指南がどうとか言ってたような――」

「私から説明するわ。モディ、いいわよね?」


 口を押さえたまま、モディはこくこくと頷いて応える。

 少しの沈黙の後、トリステスが言葉を紡いだ。まるで短剣を構えているときのような鋭い視線に、リラはわずかに尻込みした。


「……モディが商家の生まれだという話はしたわよね」

「え、ええ」

「既にリラもよく分かっているとおり、モディはよく言えば活発、表現を変えれば落ち着きがない。それは小さい頃からで、おてんばだったモディは、街に駐在していた騎士団に通って剣術を身につけたほどなの」


 ふむふむ、とリラは首を縦に振った。彼女が剣技を習得しているのはそういうことだったのか。


「それじゃあ、ベルムさんの剣術指南というのは――?」

「それは……そう、彼は故郷の寒村を出て、一時的に騎士団に入団していたの。あの体格、あの腕っぷしなものだから、すぐに高い評価を受けて教える側に回っていたのよ。その、指導役のことを剣術指南役という風に言うの」


 そうなんですか、とリラは感心しながら納得していたが、トリステスとモディは横目で見あって恐々としていた。

 特にモディは背中に嫌な汗を感じていた。トリステスがうまく話をつくってくれたからいいものの、あやうくアルドール王子の了承もなしに真実を暴露してしまうところだった。せっかく湯あみをしたというのに、また汗ばんできた。

 一方、トリステスもまた、微笑みの裏に緊張感を覚えていた。矛盾の無いように話を構成したつもりでも、嘘に嘘を重ねれば、いつかはぼろが出る。たとえぼろが出なくても、またこうしてリラに対して虚構を説明してしまったという事実は残る。

 リラが「お手洗いにいってきます」と部屋を出て、ふたりは大きく息を吐いた。


「ごめん、トリステス。本っ当に助かった」

「……責めるつもりはないわ。気持ちは分かるから」


 冷静沈着な人物から意外な言葉が飛び出して、モディは首を傾げる。


「ほんと?」

「ええ。いっそ打ち明けてしまいたいと思ってしまうほど、私もリラに対してすっかり情が沸いてしまっているみたい。王家直轄の密偵としてあるまじきことなのは分かっているけれど」

「貴女のそういうところが、アイテール王女殿下に気に入られてるんだと思うけどね」


 モディが笑うと、トリステスも小さく笑って返した。


「とりあえず、私は今の一連の話を殿下とベルムに伝えてくるわ。ロクス・ソルスを出る段階で打ち合わせておいたエピソードを、全員で修正して共有しなくては」


 それにしても、とモディがあらためて口を開く。


「あたし達でこう・・なんだから、我らが王子殿下の心中やいかに、ってところね」

「ついでに、その様子も伺ってくるわ」


 一人部屋に残ったモディは、やれやれとドレスの裾をたくし上げてぱたぱたと風を送った。

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