第六十話 有効な関係
「だってさ、リラちゃん。どうする?」
モディが笑ってウインクをしてみせた。相手は冗談で言ってるのよ、ということを伝えようとしているように見えた。
「彼と結婚したら、お金持ちになれるわよ。一生遊んで暮らせちゃうかも」
「結婚って……そんなこと考えられませんよ。音楽団のひとりとしてやりたいことがたくさんありますから。私は、まだ当分の間は、ウェルサス・ポプリ音楽団の歌い手でいるつもりです」
「だってさ。残念だったわね、若旦那さん」
モディが笑って見せると、ナトゥラも白い歯を見せた。
「なんの! この程度のことで諦めていては念願が叶うはずもありません。皆様が逗留している間、長年の想いを伝えて続けて、リラ殿に振り向いてもらえるよう頑張りますよ」
透明な緑色の瞳に見つめられて、リラは思わず頬を赤くした。こんなに直接的に好意を伝えられたことがないせいで、どう反応していいか分からない。
「それにしても、あの厳粛な大聖堂で聖女として堂々と鎮座していたリラ殿が、こうして旅の音楽団として歌い手を担っているというのはなんとも驚きです。願いが叶うならば、近々、その歌声を聞きたいものだ」
「ごちそうもたらふく食わせてもらったことだし、これは断るわけにはいかないんじゃねぇか、リラ」
「私の歌なんかが、宿をお借りするお礼になるのなら」
「決まりだな。そんじゃ、みんな一度部屋に戻って楽器を持ってくるとしようぜ」
それを聞いたナトゥラは感謝を伝え、召使いの一人を呼んで何事か指示を出していた。ベルムの号令を受けた面々は部屋から楽器をとってきて、すぐにまた大食堂へと戻った。
「さてと……なんの曲にすっかな?」
「そうねぇ。ここは若旦那さんの顔を立てて「砂の金貨」なんてどう? リラちゃん、知ってる?」
「ちょっと、歌詞がうろ覚えですけど」
「ご愛敬、ご愛敬。それじゃ、いってみましょっか」
――
砂漠の中 一筋の光
探し求めた 古の金貨
熱砂の下 眠る宝物
過去の輝き 今も輝く
一枚の硬貨 歴史の証
勇者の物語 風に語る
砂漠の中で 希望を見つけ
宝物を手に 未来へ進む
――
演奏が終わると、盛大な拍手が食堂に響いた。
ナトゥラはひときわ大きく手を叩き、立ち上がってたたえた。
「いやはや、素晴らしい演奏、そして歌声だ」
そう言ったナトゥラは、召使いの一人を手で招き、何事か耳打ちを求めた。それを聞いたナトゥラは満足そうに頷き、何かを受け取った。
演奏後の満足感に包まれている音楽団の前に立ち、ナトゥラが陶器の鉢を差し出した。鉢に植わっているのは、肉厚なサボテンだ。
「皆様の音楽の力、この目でしかと確かめさせていただきました。ところで今、私が持っているサボテンは、霊銀薬の開発と研究のために保管されてあったものです。全体が瘴疽に侵されていました。しかし――」
ナトゥラが鉢を高く上げる。
「この通り、完全に浄化されている。ここひと月ほど、この西の地に、こんな話が届いていました。ステラ・ミラ聖王国で活動している旅の音楽団の演奏を聞くと、瘴疽が癒えるらしい、と。その奇妙な噂は、港湾都市デンスから帰った部下、そして山間の街ペリスを行き来している行商から耳にしました。そしてそのふたつの都市は、奇しくもあなた方がしてくださった話にも登場していた。どうやら、噂は本当だったようだ。まさか、霊銀で造られる薬でもなく、聖女による浄化でもない、第三の方法が存在したとは――」
アルが一歩踏み出した。しかし、同じタイミングでナトゥラが勢いよく手を伸ばしてそれを制止するような形をつくった。
「事を荒立てるつもりはありませんよ。どうやら、あなた方はその力を公にしようとは思っていないようですから。喧伝すれば如何なる名声も手に入りそうなものを、何故かそうしない……私は、まずはその理由を知りたい」
「それは――」
アルが言いかけて、今度はリラが一歩歩み出た。
「私の我儘です。たくさんの人を救うためには、自由な立場で居続ける方が都合がいいので」
「……なるほど。確かに、そのような力が存在するとなれば、そこに籍を置く聖女の貴女に注目がいく。そうなると、大聖堂が放ってはおかない、か……そうであれば、私もこの情報を利用して何かをするというのはよした方がよさそうだ。何に変えても、貴女に嫌われるというのは避けたい」
それに、とナトゥラが続ける。
「私が掴んでいる情報の中には、その音楽団の面々は一個騎士団にも匹敵するほどの武力を備えている、というものもありました。眉唾物かと思っていましたが、皆さんの荷物、眼光、そして身にまとう雰囲気、さらには今現在アル殿が放っている殺気からして、信憑性は高そうだ。友好な関係でありたいものですが、どうですか、ベルム団長殿」
「へっ、とんだ食わせ者だぜ。大方、既にお前さんとこの腕利き達が既にぐるっと館を囲んでて、何かあれば実力行使に出るって寸法だろうが」
ベルムの言葉を、ナトゥラは否定することなく微笑みだけで返した。
「不肖の身なれど、千人から成る商会を束ねる立場ですから。ありとあらゆることを想定して動いているつもりです。正直、皆さんがくだんの音楽団かもしれないと思い至ったとき、リスクも大きいので確認は間接的にするべきかとも思ったのですが――」
翠玉の瞳がリラを向く。
「事情が変わってしまったのでね」
この夜の演奏は、一曲だけに留まった。




