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第六話 奇跡の業

「その肩書には「元」がつく。退団した、とリラが言っていただろう。いや、正確にはさせられた、か。さすがはストゥルティ家の鬼子、とんでもない我儘放蕩ぶりだな」

「なにせ、ろくに剣の心得もないのにカッコイイからという理由で騎士になり、人の下に付きたくないからという理由で序列十位の座にのぼり、さらにそれらが全て父親の根回しによるものだっつーいわくつきの人物ですからね。同じ国に生まれなくてよかったっスよ」


 いかにも嫌そうな顔で顎髭を撫でるベルムに、アルドールは苦笑して続けた。


「リラのことは、表向きには自主退団という体裁にしたとはいえ、大聖堂からの覚えは悪くなるだろうな」

「俗物法王と悪評高いプドルにとって、聖女はまさに飯の種ですもんね。聖騎士団の設立も、権力拡大のためでしかないって噂だし。それがいち聖騎士団長の一存で聖女の去就を決められたとなると、面白くはないでしょうけど、でもですよ、殿下」


 モディが心配そうに眉を顰めた。


「経緯がどうあれ、聖女をあたし達、他国の――ロクス・ソルス王国の人間が都の外へ連れ出したと知れれば、外交問題に発展しかねませんよ。聖女は、このステラ・ミラでは信仰の対象とも言える存在なんですから。よもや、ご自分が命じて結成された諜報部隊の目的をお忘れではありませんよね」


 モディ、そしてベルムからの、縋るような、あるいは責めるような視線を受け止めて、アルドールは深く頷いた。


「もちろんだ。資源に乏しい我が国が瘴気の災いに対抗し、生き延びるための方法は、ステラ・ミラ、そしてテラ・メリタとの対等以上・・の外交だ。そのためには、彼らの足元を見据えた――もっといえば、弱みや暗部をタネにした攻撃的な交渉も必要になる。そして、それを実現するための情報収集、諜報活動をするのが俺達の使命だ」


 アルドールは、ベルム、モディ、そして今は姿が見えないトリステスが上がっていった階段へと、順に視線を動かす。


「武芸に秀で、長旅に耐えうり、扮装をもこなせる器量を持つ人材が必要だった。王国騎士団剣術指南役ベルム、その伴侶であり元近衛騎士モディ、そして王家直属の密偵トリステス。皆、それぞれ、旅の音楽団といって差し支えない楽器演奏技術を習得し、俺の目に狂いがなかったことを見事に証明してくれたな」

「まぁ、それぞれ故郷の祭りやなんやで心得はありましたからね。それで、殿下のその確かな眼力が、リラの存在が外交カードになると判断なさったので? 失礼ながら、オレにはそうは思えません。むしろ火種になりかねない」


 仮初の楽団でありながら、実際の夫婦でもある二人の非難めいた視線に、王子はフムと息をつき、おもむろに自分の左袖を捲り上げた。暗い灯りの下で、鍛えあげられた腕がさらけ出される。


「見えるか?」

「裂傷、周りには黄疸、そして皮膚の下の黒ずみ……これは、瘴疽! いったい、いつ!?」

「この箇所……都に着く直前の、コルリス丘陵でのキマイラとの一戦ですね。奴の最後のひとあがき、油断していたあたしを殿下がかばってくださったときの……何故、黙っておられたのですか!」

「ふたりとも落ち着け。声を荒げれば、リラが何事かと心配して飛び起きてくるかもしれないぞ」

「そうだ、リラ。聖女の彼女なら、その瘴疽も――」

「待って、あなた。殿下の腕、表面が乾いてるわ。瘴疽は肉を蝕み、膿ませ、表面もひどく損なうのに。よく見れば傷口自体はふさがっているし、周りの血色も悪くない。これは、既に浄化されて治っているということ……?」

「だが、聖女の浄化を受けるタイミングなどなかったし、霊銀薬も残っていなかったはずだぞ。殿下、どういうことなのですか」


 アルドールは袖を元に戻し、ふぅ、と息を吐いた。


「瘴疽について黙っていたことは詫びよう。だが、路銀に余裕がない中で、高価な霊銀薬を買うのもためらわれてな。どうしたものかと思っている内に今日の公演になだれ込んでしまい、俺はグズグズとした鈍痛に耐えながらリュートを弾いていたわけだが……」


 腕を組み、視線を二階に向ける。


「彼女が歌い始めると、不思議なことに痛みが引いていった。俺は瘴疽のことは何も言っていないし、彼女も俺に触れてはいない。彼女自身、俺に浄化を施したという意識もないだろう。にも関わらず、演奏が終わって確かめてみると、俺の腕の瘴疽はすっかり快癒していた。つまり……」


 これは推測になるが、と前置きをして、ロクス・ソルスの王子は言葉を次いだ。


「リラの歌声自体に、浄化の力が込められていたんだ。『聖歌』とでも呼ぶべき、奇跡の業だ」

「そんな」

「馬鹿な」


 夫婦が言葉を繋いで驚愕の色を強くした。


「そんな力が存在するなどと、聞いたことがありません。よしんばあったとしても、そのような逸材を、ステラ・ミラが手放すはずがない」

「ああ。だが、それはその事実が明らかになっていればの話だ。おそらく、大聖堂のお歴々も、俗物法王プドルも、団長のファルサも、そしてリラ自身ですら、彼女の力の真価を知らないのだろう。彼女の『銀の爪』が片側だけに発現しているのは、翻って考えれば、声に浄化の力を込められるという無二の才を授かった代償なのかもしれない」


 沈黙が通り過ぎる。

 言葉を次げないでいる夫婦に、アルドールは言葉を紡ぐ。


「まぁ、仮にそうだとすれば、勿論というべきか猶更というべきか、彼女が外交上の火種になることは充分ありうる。だが、我が国に広がる瘴気と瘴疽の氾濫から、苦しむ民を救ってくれる奇跡の使い手になってくれる可能性もある。俺の考えとしては――」


 キィ、と木が軋む音がして、三人は即座に腰元に手を当てた。そこには、狭い室内でも優位に戦えるように常に短剣が帯びられていた。

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