表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/160

第五十九話 あくまでも一般論

 ナトゥラ=オーウォがウェルサス・ポプリ音楽団を館に招いてから数時間後、同じ建物の大食堂で宴が催されることになった。

 食事の前に旅の疲れを癒してほしいという館主の厚意を受けて、団員達は広い浴場に案内され、長旅の汚れを落とし、真新しいドレスやシャツに身を包んでいた。


「どしたの、リラちゃん?」

「なんというか、布面積が少ないというか、露出が多いというか……」

「聖女のローブも音楽団としての服もほとんど肌が見えないものね。でも、大人になったらドレスを着る機会なんてそれなりにあるものだから、いい機会よ」


 頼りになるお姉さん二人に手ほどきを受けて、リラは着慣れない質感と光沢のドレスを着た。モディはオレンジ色を基調にしたドレスを、トリステスは青を基調にしたドレスをそれぞれ着こなしている。彼女達の鍛え抜かれた体も手伝って、リラは着心地の良さとは対極の居心地の悪さを覚えた。彼女達くらい立派な体だったら、このドレスを着ても恥ずかしくはないのだろう。

 大食堂に着いてみると、大勢の召使いがずらりと立ち並んでいた。大理石の長テーブルには所狭しと皿や器が並べられ、どれも見るからに豪華な料理が置かれている。

 主催者であるナトゥラを中心に、その向かいにはリラが座り、それぞれ男女が向かい合うような形になった。


「今日と言う日の幸運に乾杯を。そして、皆様の旅のお話を、是非お聞かせください」


 ナトゥラはしきりにリラに話題を振り、リラは必死に思考を巡らせて話を進めた。少なくとも、自分の歌に浄化の力が込められることは隠した方がいい。そんなリラがした話を、ナトゥラは終始、興味深そうな表情で聞いた。


「いやはや、まったく素晴らしい話を聞かせて頂きました」


 口元を拭きながら、若き商会長が言う。


「使命感から大聖堂を辞し、音楽団に入って辺境を巡り、無辜の民を浄化して回っていたとは。音楽を届けて歩くというだけでも高尚だと言うのに……さらに驚くべきは、リラ様が『銀の爪』を他の聖女の半分しか持っていなかったことだ。てっきり私は、大聖堂の中でも有数の、優れた聖女でいらっしゃったのかと」


 アルがぴくりと片眉を上げた。


「彼女が優秀であったことは事実だと思うぞ。爪の数が聖女の優秀さと比例するわけではない。現に、霊銀薬では浄化することのできなかった重い瘴疽を、彼女は瞬く間に癒したのだろう」

「これは失礼。その通りだ。なにぶん、我々テラ・メリタの人間は聖女の力には疎いもので。非礼をお許しください、聖女リラ様」

「いえ、そんな、平気です。それと、できればなんですが――」


 一度目を伏せて、リラはあらためてナトゥラを見る。


「聖女、という肩書は忘れてください。今は、音楽団のいちメンバーですから、様付けもちょっと……」

「そうでしたね。では、僭越ながら、リラ殿と呼称させていただきましょう。しかし、いかんせん、私にとっては長年恋焦がれた、奇跡の御手。気持ちが高ぶってしまうのはお許しいただきたい」


 アルの片眉が、またぴくりと上がった。


「長年恋焦がれた?」

「ええ。リラ殿が我が両親の命を救ってくれたのは間違いない事実であり、しきれぬ感謝の念を抱いているのもまた然り。しかし、それとはまったく別の想いとして、私は純粋な恋慕の情をもっていますよ」


 ナトゥラが口元に笑みを浮かべ、しかし視線は鋭くアルを射抜いている。


「何か、問題がおありですか?」

「……聞いての通り、俺達は旅の身だ。一つ所に留まって企業を動かす貴方と、根無し草の音楽団の一人とでは難しかろう」

「そうですね。ですが、旅の音楽団としての活動は、今後いつまでも続くというわけでもないでしょう?」

「え?」


 声を上げたのはリラだった。

 ナトゥラは笑みを崩さず、視線をアルからリラへと移して続けた。


「ああ、いや、あくまでも一般論です。一般的に、移動を伴う音楽団というのは、活動しても向こう五・六年であることが多いものですから」

「そうなんですか?」


 リラがモディ、トリステス、ベルム、アルへと視線を動かしていく。

 だが、口を開いたのはまたもナトゥラだった。


「このテラ・メリタに限らず、大陸中のどこもかしこも魔物と瘴気の脅威にさらされている。そんな中、街から街、村から村へと音楽をはじめとする娯楽や文化を届ける集団は貴重な存在ですが、多くはない。そして、ほとんどの集団が、やがてどこかの街に根差し、そこに留まって活動を続けていくのです」


 ウェルサス・ポプリ音楽団がこれからどうなっていくかなんて、考えてもみなかった。だけど、確かにいつまでも旅を続けてはいられないのかもしれない。


「ですから、貴方達が気に入ってくれれば、このサクスムの街を拠点として留まるという可能性もあるわけでしょう? ロクス・ソルスという国も素晴らしい国なのでしょうが、テラ・メリタも悪くはない。ひと月ほども留まってもらえれば、それが分かるかと思いますよ」


 そして、とナトゥラが続ける。


「もしもそういう運びになれば、アル殿が先程おっしゃった懸念は払拭されるということになる。つまり、私とリラが添い遂げるという道筋も見えてくるということです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ