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第五十七話 それはそれ

 交易都市サクスム――

 テラ・メリタ共和国の西部に位置する、四大都市のひとつ。すぐ近くにワスティタス砂漠が広がる、恵みの薄い土地でありながら、地下に掘り進められた鉱山からは安定して霊銀が発掘されるため、人口は多い。

 そんな街で、ウェルサス・ポプリ音楽団の面々は、普段とは異なる趣の宿に拠点を置いていた。


「ほ、ほんとにこんな豪華な場所に泊まっていいんでしょうか」


 リラは目を白黒させながら内装を眺めた。以前、中流貴族の家に招かれたことがあるが、それよりも遥かに豪奢な装いだ。


「向こうが言ってきたんだし、遠慮なく甘えましょ」

「ええ。それに、リラの過去の頑張りのおかげなんだから、貴女が胸を張らないでどうするのよ」


 はぁ、とリラが曖昧に頷くと、大きな扉が開き、浅黒い肌の青年が姿を現した。日焼け防止のためにつくられたであろう袖の長い衣を纏い、薄い黒の長髪は後ろで束ね、濃い緑色の瞳と同じ色の宝石を指や首にいくつもつけている。


「ご満足いただけそうですか、聖女リラ様」


 青年は白い歯を覗かせて、輝くような笑顔で言った。


「本来ならばお連れの方も含めて一人一部屋を用意すべきところを、男女一部屋ずつという運びになって申し訳ない」

「いえ、そんな! 私、こんなに立派なお屋敷に入るのは初めてで――」


 恐縮するリラの元へ、青年はつかつかと足早に近づいたかと思うと、片膝をついた。


「数年前に両親を苦しめた瘴疽は内臓を蝕み、この国のいかなる霊銀薬をも受け付けなかった。縋る思いでステラ・ミラ聖王国の大聖堂を恃んだ我が一族の願いに応えてくれたのは、紛れもなく貴女でした。あの日の感動は、今日まで、そしてこれからも忘れることはない」

「え、えっと……」


 青年が、そっとリラの手をとった。


「貴女への恩に報いるのに、この館を提供することは手始めに過ぎませんよ」

「で、でも、そもそも、その浄化の際には多額の寄進を大聖堂に収めてくださっているはずですし――」

「それはそれ、これはこれ。このナトゥラ=オーウォ個人の想いとして、貴女をご歓待申し上げたいのです、聖女リラ様。私の想いを、すべてとは言いません。ひとかけらだけ、受け止めてくださいませんか」


 ナトゥラはそう言うと、その唇をリラの手の甲に当てた。

 リラは思わず顔を真っ赤にして体を硬直させる。


「まったく、夢見心地です。何年も恋焦がれ、夢にまで見た貴女。よもや、この街の目抜き通りで再会を果たすことになろうとは。理解が追いつきません」


 二人の世界が広がりつつある中、同じ空間に居合わせている二人はため息交じりに目を合わせる。


「こっちはこっちで、急展開過ぎてついていけてないけど。ね、トリステス」

「まぁ、そうね。いつか、リラが過去に浄化した人達とも顔を合わせるんじゃないかとは思っていたけれど、まさか異国の、しかもこんな大富豪だとは思わなかったわ」

「しかも、どうやらリラちゃんに惚れてるっぽいときたもんだ。こりゃ、ただじゃ済まないわ」


 少し離れて声を潜めるモディとトリステスを置いて、ナトゥラは立ち上がり、リラにぐっと顔を近づけた。リラはまた顔を赤くしてたじろいだ。


「ナ、ナトゥラさん……距離が――」

「申し訳ないが、この喜びを抑えるのは、どうも私には出来そうに――」

「あー、ちょっといいかしら、色男さん」


 モディが片目をつぶりながら抑揚のない声を出した。


「あたし達、廃墟に成り果てたウングラの街を通って、食べるものも食べずに、ようやくこの街に辿り着いたのよね。出来れば、抑えきれない想いは後回しにしてもらって、ちょっと休ませてくれない? リラちゃんも、見ての通り疲れ切ってるし」

「あぁ、これは申し訳ない。父にもよく、商売人は感情で突っ走りすぎてはならぬと窘められるのです。では、一時間程したら、使いの者を寄越します。それまでどうぞ、ごゆっくりおくつろぎください」


 砂塵のように颯爽と出て行ったナトゥラを見送り、リラ、モディ、トリステスの三人は互いに顔を見合わせた。


「驚いたわね。まさかリラが、何年も前にテラ・メリタの大富豪の命を救っていたなんて。言ってくれればよかったのに」


 トリステスの意地悪な笑みに、リラは伏し目がちに言葉を返す。


「正直、あまり覚えてなかったというか――」

「嘘でしょ!? オーウォ商会っていったら、霊銀薬関連の最大手、テラ・メリタ共和国で一、二を争う財力と影響力を持っている組織よ。その一族の命を救ったとなったら、恩を着せて一生が安泰するくらいのもんなんだから。それを知らないなんて、聖女ってほんとに浮世離れしてるというかなんというか――」


 色めき立つモディに、トリステスは首を振って言葉を紡ぐ。


「霊銀薬関連のお偉方だから、秘密裏に事が運ばれたんじゃないかしら。自分達のつくっている薬が効かず、他国の聖女に頼ったなんて、企業の宣伝としてはうまくないわけでしょう?」

「それはあるかもしれませんね。大聖堂は表向き、どこの誰であろうが浄化のための門は開いていますし、素性について問いただすようなこともしませんから、内緒で浄化してもらうのは難しいことではないです」

「……ってことは、彼がああやって開けっぴろげに「聖女が両親を救ってくれた!」なんて叫んでるのって、結構マズイんじゃない?」


 三人は互いに見合わせて、同じタイミングで苦笑した。


「まぁ、悪い人ではない、ということは確かそうだけどね」

「あたしが言うのもなんだけど、商売人には向いてなさそうね~」

「……とりあえず、どのベッドで寝るか、決めません?」


 リラがそう言うと、三人はどの天蓋付きのベッドにするか、ああでもない、こうでもないと意見を交換し始めた。

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