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第五十六話 せめて安らかに

「リラ、いけそうか?」


 ベルムの問いに、リラは自信ありげに頷いた。


「はい。アルさんのおかげで、きちんと歌えるようになったと思います」

「よっしゃ。それじゃあしっとりしめやかに、歌って歩くとしようや」


 これまでのマーチとは違うスタイルで、ウェルサス・ポプリ音楽団は街中を練り歩き始めた。

 街の中に馬車を入れ、ベルムが馬をゆっくりと引いた。両脇にはモディとトリステスが、それぞれ武器を構えて突然の攻撃に備えている。

 馬が引く車の上では、アルがリュートを構え、リラが歌を紡いだ。

 ゆっくりとした調子で、命が潰えた街に、悲しくも穏やかな音を広げていく。


――

あめつ空 日月ひつきめぐる 悠久の

御代みよの栄華 かくも久し


山の端 風に舞ひて さくら花

時の流れの いろどりよ


いにしえの みこの御代も 今いずこ

たゆたいぬる 命の儚さ


天つ川 流れのごとく たえぬ間

しろしめす君の 姿ぞしる


ひとしずく 涙のむこし よろこびに

たましいの ゆく先にあり


君がいく 常世のほしの 光の下

いとしき君よ やすらかに

――


 行進はひときわ大きな広場まで続けられ、広場に着いてからは足をとどめての演奏となった。

 そして、公演の途中から始まった摩訶不思議な光景に、団員達は驚きながらも演奏を継続した。

 屍鬼グールと化した人々が、家々から、あるいは店の中から顔を覗かせ、姿を現したのだ。まるでリラの聖歌を聞くために、広場に足を運んでいるかのように。

 その人数はどんどん増え続け、やがてモディとトリステスが街中に確認した屍鬼グールの総数と思しき数にまで増えた。


「ちょっと、トリステス。これって、大丈夫なの?」

「分からないわ。今、一斉にこれだけの数に襲い掛かられたら、さすがにまずいけれど――」


 その先の言葉を、モディも、ベルムもはっきりと理解していた。

 まずいけれど、そうはならないだろう。

 屍鬼グールとなってしまった人達の虚ろな顔が、悲哀に満ちて、しかし穏やかなのだった。

 満足したかのように笑みを浮かべた者は、その場にゆっくり膝をつき、まるで感謝を伝えるようにがっくりとうなだれて力尽きた。

 死者達が集まる広場を、月明かりは照らし続けた。


 何周目になるか分からない葬送歌を、リラはそれでも懸命に歌い続けた。

 自分の浄化の力が、聖歌として街の人々を救っていく。

 本当は、生前に声を届けたかった。

 金鹿聖騎士団に居た頃、ここに来ることが出来ていたら、こんな光景は生まれなかったかもしれない。

 病が広がること自体は止められなかったかもしれない。

 だけど、死後に瘴気に憑りつかれることは避けてあげられたはずだ。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 今、私に出来ることはこれしかないけれど、せめて安らかに眠ってください。


 アルはリュートを優しく爪弾きながら、驚愕していた。

 一人の人間の歌声によって繰り広げられている光景に、戦慄していた。

 屍鬼グールには、生前の人格が残っているのだとリラは言った。

 これだけの人数がいれば、心穏やかなばかりではなかった者もいるだろう。

 病に苦しみ、恨みつらみを抱いて落命した者だっているかもしれない。

 逆上し、怒りに駆られ、怨嗟に狂う屍鬼グールがいたっておかしくないのではないか。

 それを想定して、モディとトリステス、そしてベルムは警戒のために武器を手にしているのだ。

 しかし、そんなことは起きない。

 起きる気配がない。

 自分の中の危機察知の感覚が、まるで働かない。

 この広場は、静謐な平和に包まれている。

 まるで、リラの神秘的な歌声が魔物の攻撃性をすら失わせてしまっているかのようだ。


 月が西の空に傾き、光の色を変える頃、ウェルサス・ポプリ音楽団の公演は終わりを告げた。

 広場に集っていた屍鬼グール達は、かつてそうであった姿を取り戻し、穏やかな寝顔のような表情で息絶えていた。




「マジだるい!」


 絢爛な執務室で、勢いよく足を組み、そのままテーブルに乗せ、金鹿聖騎士団長のファルサが吐き捨てるように言った。

 ファルサの正面には専属の聖女であるインユリアが腰かけていた。目の前の女性の礼節のなさはまるで気にならない様子で、口元には微笑を浮かべている。


「落ち着いてくださいな、ファルサ様。よいではありませんか、当面の間は命を危険に晒すことがなくなったわけですから」

「よくないわよ! 何が「魔物討伐を含む戦闘行為の制限」よ。不名誉極まりないわよ!」


 ガンッ、と音を立ててテーブルを蹴り、ファルサは続ける。


「替えのきく騎士が五、六人負傷したからなんだっていうのよ! 現にお父様がすぐに手を回して補充してくれたんだから、何も問題ないじゃない!」

「使えない者は切り捨てる、などというのは組織として当然のことだと思いますしねぇ」


 まったくよ、とファルサは頷いた。


「銀狼、紫豹、翠羊、桃熊、朱牛――どの聖騎士団だって、これまで何人も除籍させてるじゃない。なんでウチらだけ、そんなことを責められなきゃならないわけ? ほんと、マジだるい!」

「まぁ、よいではありませんか。ファルサ様の序列が一位になった暁に是正すればよいのですから」


 ファルサは足を組み直してインユリアをじっと見た。

 『半聖女』をクビにして引き入れたこの聖女は、これまでに見知った聖女とは一線を画していた。ファルサにしてみれば「よくわかっている」人材だったのだ。だから前任とは違い、傍にいることを許している。しかし、である。


「あんた、大聖堂時代、かなりの数の浄化をこなしてたって聞いてたけど、この数ヶ月の働きを見る限りはそこまでじゃないわ。一気に数字を稼いで序列を上げられると期待してたけど、今のところの評価は並程度よ。何か算段があるっていうなら、手遅れになるまでにやりなさい」

「まぁ、怖い。わたくしはいつだって、ファルサ様のために尽力していると申しますのに……ですが、これまでは本領を発揮する場がなかっただけのこと。ファルサ様、次の派遣任務は、是非、瘴疽患者の人数が多い場所をお選びになってくださいまし。他の聖女では絶対に出来ないほどの浄化をこなしてご覧に入れましょう」


 インユリアの不敵な笑みにファルサは首を傾げながらも、最後のチャンスをくれてやる自分はなんと慈悲深いのだろうと感嘆していた。

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