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第五十五話 死ぬほど

 団員達の視線が聖女へと集まる。


「そう言えば、食堂の女性の方も目立った外傷はありませんでした。傷口から瘴気が入り込んで悪化して屍鬼グールになった、というわけではなさそうでしたね」


 リラは細い腕を組み、思考を巡らせた。

 屍鬼グールというのは、人が瘴気に憑りつかれ、瘴疽が浄化されないまま最後の時を迎えてしまった存在だ。実際、リラが過去に浄化した屍鬼グールは、傷が深かったために瘴疽の進行が早く、聖女の到着が遅れてしまったというケースばかりだった。

 しかし、怪我を負わなければ瘴疽に罹らないというわけではない。瘴気の濃度や人の体調などによっては健康だった人が瘴疽になるというケースもある。


「ひとつ聞いていいか?」


 アルが言った。


屍鬼グールというのは、人の姿をした魔物という解釈なのか?」

「いいえ。人の姿をした魔物、という表現なら悪鬼デーモンという存在の方が適切です。屍鬼グールというのは、あくまでも人の骸を瘴気が動かしているという解釈で――」


 そこまで言って、リラは「あ、そうか」と手を打った。


「分かったかもしれません。この街の人達は、何か別の理由で命を落とし、その後で瘴気に憑りつかれて屍鬼グールと化した、という可能性はあります」

「死者に瘴気が宿った、ってことか? でもよ、そんな話は聞いたことがないぜ」

「それは、古来より火によって死者を弔ってきたからだろう。ロクス・ソルスは火を神聖なものとしているが、他の国でも一様に死者は火葬するのが一般的なはずだ。燃やして骨になってしまえば、瘴気も憑りつくことが出来ないからな」


 リラは頷いた。


「この街で何か……疫病や毒物によって一挙に人々が亡くなったのなら、埋葬されることなく骸が野ざらしになった可能性があります。そうなると、充満した瘴気が人々に宿って、現在のこの街のような状況になってしまうかも」

「疫病や毒物? ちょっと待ってよ、それじゃああたし達もまずい状況にいるってことなんじゃないの?」


 モディはトリステスと目を合わせて言った。確かに、外にいた時間で言えばこの二人がもっとも長いことになる。


「人から人にうつる病で、命を落とすほど毒性の強いもの。そして、体の表面に無数に残っていた青黒い斑点――となると、フェブリス熱だろうな」

「それは、どういうものなんですか?」

「珍しい病だ。大陸の長い歴史の中で数えるほどしか確認されていない。爆発的に感染し、発症すればひどい高熱が出る。多くの場合、命を落としたそうだ」


 リラは、ベルム、モディ、そしてトリステスの顔を順番に見ていく。だが、三人とも小さく首をかしげるばかりだ。どうやら、病や薬の知識については団員の中でアルが特別に秀でているらしい。


「ロクス・ソルスよりもさらに北、人が住むには適さない大地に病の元があると言われている。古い時代、探検家がその元を持って帰ってきてしまい、彼が帰還した里で死が吹き荒れた。病が広まった原因は、虫によって感染が広がったからだとも、咳やくしゃみによって広がったからだとも言われている。この街でもそうして死が溢れ、遺棄されたのだろう」

「ちょ、ちょっと待ってよ、アル! それが本当なら、あたし達は――」


 モディが涙目で訴えた。


「そう、俺達は幸運だ。薬草と病に詳しいロクス・ソルスに生まれたんだからな。そして、フェブリス熱を緩解させたのは、なんとあのガルガリスマだったんだから」


 自信満々に言ってのけたアルだったが、それを聞いていた四人はきょとんとしてアルに注目したまま固まっていた。想定していた反応とは違ったらしく、アルは小さく落胆を示して言葉を次いだ。


「……お前らも、ロクス・ソルスの人間なんだから薬学を多少はかじった方がいいと思うぞ。珍しい薬草の類はロクス・ソルスの貴重な特産なんだから」

「わかった、わかった。お前が物知りなのはよくわかったから、そのガルガルなんとかって薬がなんだってんだよ」


 アルは「ちょっと待っていろ」と言い残して広間から出て行った。数分後、彼は木製の瓶をひとつと木のグラスを五つ持って戻ってきた。


「これがガルガリスマから生成される特効薬だ」

「これって……うがい薬ですよね。しかも、一般的に売られている」


 リラも見たことがある製品だった。悪寒や喉痛のし始めに服用するとよい、と聞いたことがある。決して高いものではなく、珍しいものでもない。ただ、たいして効果があるわけでもないという話もあり、使っている人は多くはない。リラもその一人だ。


「このうがい薬の主成分が、ガルガリスマという薬草だ。珍しいものではないが、フェブリス熱に対して特効的な力を発揮してくれる。むしろ、フェブリス熱に効果があったという実績があったからこそ、一般に浸透し、うがい薬として定着したんだ」

「なんだよ。っつーことは、この街にそのフェブなんとかって病気の元があったとしても、それがあれば大丈夫ってことだろ? そんな簡単なことなのに、街がまるごと全滅しちまうなんてことあんのかよ」

「知識があれば、の話でしょう。現に、アルがフェブリス熱とガルガリスマのことを知っていたからよかったようなものの、私達もどうなっていたかわからないのだから」


 なんにせよ、とアルが仕切り直した。


「発症する前に、これを飲んでしまおう」

「え……飲む、って言った?」


 モディの言葉に、アルは大きく頷いた。


「そうだ」

「これを?」

「そうだ」

「ひと瓶全部?」

「そうだ」


 頑として譲らないアルの様子に、モディが見たことのない表情を浮かべている。リラが理由を尋ねると、単純明快な答えが返ってきた。


「死ぬほどマズイのよ、この薬」


 本当に死ぬよりマシだろう、というアルの言葉がとどめとなり、楽団員はみな一様に顔を顰めて良薬を飲み干した。

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