第五十三話 王族に伝わる歌
「つまり、屍鬼になってしまった人達のための歌があればいい、って話なんじゃない?」
和やかとは言えない食事の時間が終わり、モディが口火を切った。その言葉に、団員達がみな興味深そうに頷いて見せる。
「鎮魂歌というか、葬送歌というか……それならリラちゃんも抵抗なく歌える気がするんだけど」
「そう……ですね。そうですけど――」
リラがこれまでに習得してきた歌は、すべて身近な仲間達を勇気づけたり、元気づけたりするための歌だ。面白いと感じて地方の民謡なども覚えてはきたが、死者の手向けに歌われる歌はレパートリーの中にない。
そもそも、とリラは言葉を次いだ。
「私、そういった歌を知らなくて」
「ま、実は言うと、あたしもそんなの知らないんだけどさ。そういうのを知っていそうなところで言うと――」
モディの視線が、そして他の団員の視線が赤毛の青年へと注がれる。
「……知らなくはないな」
「何よ、もったいつけちゃって。リラちゃんがその歌を覚えれば、浄化をしてまわりたいっていうリラちゃんの希望も叶うし、あんたが心配してるリラちゃんの危険だって回避できるわけでしょ」
そうなんだがな、と、アルの歯切れは悪い。
「何か問題でもあんのかよ?」
「歌詞とメロディを思い出すのに、時間がかかる。リュートを弾きながら、そうだな……一時間もあれば大丈夫だと思う」
「邪魔にならないようにしますから、傍で聞かせてください。その方が習得も早くなると思うので」
早速、ということでリラとアルは連れ立って一階奥の大部屋へと入って行った。その様子を見送って、トリステスがため息交じりに声を出した。
「ちょっと、不穏ね」
「トリステスもそう思う? ふたりがあんな雰囲気になるのって初めてのことよね。ケンカにならなきゃいいけど」
モディの同調に対して、トリステスは首を振った。
「いいえ、そのことではないわ。私が不穏だと言ったのは、アル――殿下が教えようとしている歌が、王家に伝わる鎮魂歌かもしれないっていうことよ」
「王家に伝わる鎮魂歌? そんなのがあんのかよ」
トリステスは頷く。
「姉姫のアイテール様から密かに教えていただいた話よ。王族の逝去に際し身内でのみ歌い継がれている、伝統的な歌があるそうなの。当然、内容までは聞いていないけれど、そうそう歌うものではないだろうから、思い出すのに時間がかかると言ったのだと思うわ」
「なるほどね。でも、どうしてそれが不穏なの? むしろいいことじゃない。殿下がリラちゃんに対して、それを教えても構わないっていうくらいの気持ちになってきてるってことなんだから」
ケラケラと軽妙な表情で笑うモディに比べ、トリステスは表情を崩さない。その対比にベルムは首を傾げた。
「なんだよ、トリステス。お前だって、殿下とリラが親しくなるのは歓迎してたじゃねぇか」
「親しくなること自体はね。それが将来的にどういう形になるかは、脇に寄せておくとして……それよりも私が懸念しているのは、殿下が、これを機に真実を打ち明けるつもりなんじゃないかということよ。ここに来るまでにも、妙に考え込んでいたでしょう? そうなった場合、殿下よりもリラが心配なのよ」
確かに、と夫婦は顔を見合わせて頷いた。
「殿下も、頼りになるのは頼りになるけど、どうしたって若いからね。あたしら年長者としては、ひとまず見守るしかないってことか」
三人はそれぞれにため息をついて、視線を二人が向こう側に姿を消した扉に移した。
「――よし、間違いないな」
アルは得心を覚えて頷いた。彼がリュートを爪弾きながら記憶から曲を引き出そうとする様子をずっと自分を見守っていたリラは、安心のため息をついた。
「お疲れさまでした。それにしても、なんというか……難しい歌ですね」
メロディが難しい曲というのはこれまでにも出会ってきた。上がり下がりの激しい曲もあれば、転調が繰り返されて忙しい曲もあった。だが、今アルが自分に教えようとしている曲は、言葉が難しい。ひどく古い単語や言い回しが多く、耳慣れない表現ばかりだったのだ。
「ロクス・ソルスの王家に伝わる鎮魂歌だからな。王族が、身内が逝去した際に御霊を慰めるために歌う特別なものだ」
「王族に伝わる歌……? どうしてそんな歌を知っているんですか?」
沈黙が通り過ぎる。
アルは何事か言いかけて口を半開きにし、しかし一度閉じて、あらためて言葉を紡ぎ始めた。
「……偶然、知る機会があった。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「そうなんですか。それじゃあ、それを知ることが出来た幸運に便乗させてもらいますね」
屈託のない笑顔を見せるリラに、アルは小さく微笑み、リュートの旋律から解説を始めた。
弦の抑え方を教わるリラの表情はどこかウキウキしていて、楽しそうに見えた。アルはその様子を不思議に思いながら、まずは曲だけでも教え切ってしまおうと教授を急ぐ。街中に屍鬼がどれほどいるか分からない。リラの言葉を信じれば、善良な人間が凶悪な屍鬼に変貌することはないのだろうが、この街に極悪人がいなかったという保証もない。浄化に向けた動きは早い方がいいように思われた。
しかし、ずっとやり通しでいるわけにもいかず、小休止を挟んで、練習を再開する折になり、アルはそこで疑問を口にした。