第五十二話 人の姿のまま
説明を聞いたベルムとモディは目を合わせ、気まずそうに口を開いた。
「俺もモディも、屍鬼を見たのは初めてだったからな。他の魔物と同じように相手しちまったぜ。つまり、その、首を刎ねちまった」
「でも、襲い掛かってきたのを撃退しただけだから正当な防衛よね。攻撃してきたってことは、生前から攻撃的な危険人物だったってことなわけだし。うん、仕方ない、仕方ない」
リラは苦笑した。
「問題ありませんよ。大聖堂でも、活動中の屍鬼に対して浄化をすることは推奨してはいません。基本的には、無力化し、活動を停止させてから浄化をすることになっています。大丈夫だと思って近づいた聖女が、噛みつかれて瘴疽になった事例も多々ありますから」
「なんだって?」
アルの顔色が変わる。
「先に言ってくれ。そうだと知っていたら――」
「それでも、私は人の姿のまま、ちゃんと浄化してあげたいんです。これまでにも数件、屍鬼になってしまった方を浄化しましたが、そうしてきました。だって、もしかしたら、ほんの少しでも心が残っているかもしれないから……」
リラの目の光を見て、アルは何も言えなくなってしまった。軽く小さい体からは想像も出来ないほど、強く固い意志を明確に伝える視線。彼女にとって浄化は、他の何にも代えて大切なことなのだ。
「浄化するな、とは言っていない。ただ、君の場合は歌で浄化することも出来る。わざわざ近付いて危険を冒す必要はないんじゃないかということだ」
「それは、考えなかったわけではないんですが……」
歯切れの悪いリラを見て、モディが首を傾げた。
「何か引っかかるの?」
「……人を屍鬼にしてしまうことは、聖女にとってもっとも悲しむべき事象です。私達の浄化が間に合わなかったがために、その人は人としての命を終えてしまったわけですから。そんな方達を前にして、何を歌ったらいいのか……単純に、不謹慎だという気もしますし」
俯くリラの頭に、モディがぽんと手を乗せた。
「なるほどね。別にリラちゃんのせいってわけじゃないから、そこまで責任を感じる必要はないような気もするけど……リラちゃんらしいといえばリラちゃんらしいわね」
モディが同感を示すと、トリステスも同意を口にした。
「考えてみれば、私達が普段奏でてる音楽は、基本的には人を楽しませたり、憩わせたり、言ってみれば生きるための力を得るための音楽だものね。屍鬼に心が残っているかどうかはさておき、死者のために歌うことに違和感を覚えるのは当然なのかも」
「この街でどれほどの方が瘴疽の末に屍鬼化したか分かりませんが、これまで同様、最後まで浄化してまわりましょう。危険はあるかもしれませんが、ちゃんと触れて――」
「反対だ」
リラの言葉を遮ったのはアルだった。
「リラが瘴疽に罹る危険は避けるべきだ。霊銀薬はあるにはあるが、ごく少量だ。受けた傷の深さによっては全快させられないかもしれない」
「一応確認するけど、リラちゃんは自分の瘴疽は自分で浄化できるの?」
「経験はありませんが、直接触れられる範囲なら出来るはずです。でも、歌が自分に効果を発揮するのかは、前例がないことなのでなんとも……」
「それならあらためて反対だ。浄化のために左手で触れなければならないとなれば、その左手こそがもっとも負傷の危険性があるわけだからな。リラの高尚な志には敬意をもっているが、それとリラ自身とを天秤にかければ、答えは明白だろう」
言い切るアルに対して、リラはぐっと口を結んで視線を逸らさない。
モディは、二人の雰囲気に気まずさを感じ始めていた。
不思議な偶然だと思ってはいたのだ。
この街に到着する前、ベルムが「ウングラが廃墟になっているかも」と軽口をたたいていた。そして実際、着いてみればその通りになっていたのだから。
口に出したことが現実になる、という偶然はたびたびあるものだ。そして不思議と、そういうことは連続する。
モディは、自分もまた現実になりそうなことを口走ったことを覚えていた。ペリスの街を出てすぐ、馬車の上で、リラに「アルと喧嘩したのか」とからかった。今、まさにそういうことになりかねない状況だ。
「ベルム、団長としての意見は?」
「団長として、だぁ? ったく、都合のいいときばかり団長扱いしやがる――と言いたいところだが、今回ばかりは団長らしい視点で話さざるを得ねぇな。結論から言うと、リラの意見はのんでやれねぇ」
口元にきゅっと力を込めるリラに申し訳なさそうにして、ベルムは続ける。
「実は、食糧の備えがあまりねぇんだ。ウングラの街は宿場町だって聞いてたもんだから、ペリスの街を出る時点では糧秣はそんなになくても大丈夫だろうと思ってな。まさかこんなことになるとは思わなかったもんで、まぁ、今日から三日分ってところだな」
「なるほどね。リラちゃんの浄化のスピードと屍鬼になった人数にもよるけど、時間的な難しさもあるわけか……トリステスはどう思う?」
トリステスは一呼吸置き、リラ、そしてアルを交互に見た。
「それぞれの言い分は、それぞれにもっともだと思う。個人的な心情としては、こと浄化についてはリラが専門家だし、彼女の意志を尊重してあげたいとは思うけれど――」
珍しく困惑したような表情になりながら、トリステスがリラをじっと見つめる。希うような目で、リラはトリステスをじっと見つめ返す。
言葉に詰まったせいで四人の注目が一身に集まってしまった。
「……まずは拠点を決めてはどうかしら。屍鬼の襲撃の可能性は少ないにせよ、一応安全が確保できる場所を見繕って。馬も休めてあげたいし、腹ごしらえも必要でしょう?」
トリステスの意見はすぐに受け入れられ、一行は警戒しながら街の中に入りなおした。様々な魔物や屍鬼を想定し、見て回った中でもひときわ頑丈な造りの、広い住居が仮の宿として選ばれた。




