第五十話 ひとけのない通り
「ベルム」
「ベルム」
「ベルム」
「ベルムさん……」
「……俺のせいじゃねぇだろ、ウングラの町がすっかり廃墟になってた、っつーこの光景は」
団員の非難の視線を一身に受け止めながら、ベルムは頭をボリボリ掻き、あらためて街の正門から見える光景に目をやった。
幅広の大通りがまっすぐ、ずっと向こう側まで伸びている。その両脇にはレンガ造りの建物が林立し、なるほど、ここが旅の身を憩わせる宿場町であろうことを感じさせる光景だ。
だがそれは、かつての話であることも一目でわかる。大通りの石畳は砂がかぶってかすれ、建物の壁に使われているレンガにはヒビが入り、あちこちに蜘蛛の巣が張っている。そして何より、それなりの規模のはずなのに、人の声も気配も感じられない。
「リラ、ひとつ確認するが、三年くらい前はまだ人が住んでたんだよな?」
「はい。少なくとも町長さんがいて、宿場の組合があって、街の中には暮らしがありました。まさか、こんなことになってるなんて……」
リラも、呆然としながら街の様子を眺める。
かつてこの街に、瘴疽に苦しんでいる人が二十人ほどいた。まだ専属の聖女になったばかりで、はりきって浄化した。ありがとうという感謝の言葉は、大聖堂で貴族にかけられる労いよりもずっと暖かく心に響いた。当時はまだ団長のファルサに物申していた頃だったから、遠征期間が終わりに差し掛かっても、住人全員の状態を確認しない内は帰還しない、と頑として聞かなかった。
「とりあえず、街中を見て回ってみない? もしかしたら、こうして見えてる範囲がこうだっていうだけで、住んでる人はいるかもしれないじゃない」
「そうだな。んじゃ、アルはこの場で馬車を見ててくれ。俺とモディ、トリステスとリラに分かれて――」
「いや、俺がリラと行こう」
遮って声を発したアルに、ベルムは逡巡の表情を浮かべた後、こくりと頷いた。
「分かった。だが、お前らふたりは前科があるからな。何か異変があったとしても、突っ走るんじゃなくて一旦戻ってくるんだぞ」
「分かった」
「分かりました」
ひとけのない通りを歩き始め、リラはアルの横顔を見上げる。行動を共にしてくれるということは、やはり何か怒ったりしていたわけではなさそうだ。安心した。
「どうかしたか?」
「あ、いえ――」
リラは首を振りながら、「なんでもない」と伝えるのはやめなくちゃ、という思いに駆られた。ラエティティアに真実を伝えたことについて話したとき、自分は「恩人のアルに嘘はつきたくない」と言った。今も、ちょっとしたことかもしれないが、自分の気持ちを正直に言うべきだという気がした。
「アルさんが怒っていないか、ちょっと心配だったので」
「俺がリラに対して、なぜ……あぁ、ラエティティアのことか。それは違う。全然問題がない。道中でトリステスが言っていたように、ちょっと考え事をしていただけだ」
そうなんですか、とコクコク頷きながら、リラは言葉を紡ぐ。
「解決しそうですか?」
「そうだな……」
歩きながら、アルは腕を組み、少しして口を開いた。
「リラは、聖女だよな」
「半分ですけど」
「その立場を疎ましく思ったことはないか?」
「ないです」
リラはきっぱり言い切った。
「聖女になんて生まれなければ、と言う声は大聖堂に居れば何度も聞きます。浄化の反動は痛いし、苦しいので、仕方がないことかもしれません。だけど、私はあんまりそういう気持ちになったことがなくて……『半聖女』だから、普通の聖女の気持ちが分かってないだけかもしれませんけど」
えへへ、と笑ってリラは続ける。
「でも、その『半聖女』であることも、ラエが見方を変えさせてくれたし……何より、人のために何かが出来るっていうことが、嬉しいんです。大聖堂でそう教え込まれたからではなくて、純粋に、私、浄化できる自分が好きなんだと思います」
「すごいな」
アルがぽつりと言葉を落とした。
「もしも自分が聖女でなかったら、どうなっていたと思う?」
「私が聖女でなかったら、ですか……う~ん」
後ろ手に組み、リラは空を見上げた。
今の自分でなかったら、と考えると、ふたつの形があるように思えた。
ひとつは、完全な聖女の自分。『半聖女』ではなく、両手の爪がすべて銀色だったなら、どうなっていただろう。やはり、聖騎士団の専属を目指していたような気がする。そして、今とは違って、そのまま専属聖女として活動していたのではないか。
一方、『銀の爪』がひとつもなかったらどうなっていただろうか。アルが聞きたいのは、こちらの方だろう。
「聖女でなかったら、そもそも大聖堂で育っていないんですよね、私」
「そうだろうな」
「だから、どこかの村か町か、家族と過ごして育って……でも、結局、何かしら人の役に立ちたい、っていうのは変わらない気がします。たくさんの人を相手に商売を展開して、みたいなことは向いてないんじゃないかなぁ。細々と、街の外れの薬師なんていいかもしれません」
そこまで言って、リラはふとアルに対して疑問を覚えた。
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50話まで投稿が終わりましたが、物語はまだまだ続きます。
自作としてはこれまでで一番長くなりそうですが、きちんと完結させますので、
どうぞ最後まで読んで頂ければ幸いです。
では、また。




