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第四十九話 分かれ道



 ウェルサス・ポプリ音楽団は、街の多くの人々に惜しまれながら西へと旅立った。

 桃熊聖騎士団は、アルとリラの働きに最大の敬意を表して総員で見送りへと出張り、出発時の西門は何かの催しのように盛大なものになっていた。


「そろそろ落ち着いた、リラ?」


 トリステスに優しく声をかけられて、リラは鼻を啜りながらはにかんだ。


「すみません、長々とめそめそしてしまって」

「いいえ、仕方ないわよ。だって、ラエティティアさんときちんとお別れをしたのは、今回が初めてだったわけでしょう?」

「ええ。大聖堂を出たときは、いつでも会えると思ってあっさりしたものでしたし。コルヌの都を出たとき、ラエのことが頭をよぎらなかったわけじゃないんです。でも、金鹿聖騎士団を抜けて、みなさんに手を差し伸べていただいて、色々なことが怒涛のように動いていって、自分のことで精一杯でした。桃熊聖騎士団宛に置手紙を残していくような気持ちの余裕もなくて」

「けれど、こうして再会できた。そして、お互いに惜しみながら良い別れをした。それって、とても素敵なことだと思うわ。感傷に浸るのは自然なことよ」


 それに、と青い髪の笛吹は言葉を次ぐ。


「ふたりの別れにもらい泣きしたモディの方が、どちらかというと長い時間めそめそしていたしね」

「し、仕方ないじゃない。可憐なふたりの乙女が、抱き合って、無理して笑顔をつくってさぁ。あ、ダメだ。思い出したら、また泣けてきちゃった」

「ガッハッハ! 人間、年をとると涙もろくなっていけねぇなダダダダ! ……ま、何も今生の別れってことでもねぇさ。生きてりゃまた会える。それが、まったく予想だにしないような再会の形だったりするもんだから、人生ってのは面白ぇのさ!」


 いつも通り豪快なベルムの笑い声につられて笑いながら、リラはちらと馬車の前方に目をやった。

 今、馬に乗って一行の足を進めているのは、アルだった。普段ならベルムがそこにいるはずが、その豊かな髭はリラの目の前にある。


「どしたの、リラちゃん。不安そうにして。もしかして……ケンカでもした?」


 モディがニヤニヤ笑う。


「ちっ、違います――と、思います」


 彼の機嫌を損ねるようなことは、していないと思う。ラエティティアに真実を伝えたことは謝ったし、それを気にしているようなそぶりはなかった。それとも、朝になってやはり腹が立ってきたのだろうか。いや、朝食のときもこれまで通り話していた。


「何か、重要な考え事をしているのよ。おそらくね」


 トリステスが呟く。


「小さい頃から、もやもやしたことがあると一人黙りこくるようになる、と彼の姉から聞かされているわ」

「あー、確かに、これまでにもそういうときはあったかもね。考えてみれば、リラちゃんが仲間になる直前、瘴疽を患っていたときは妙に静かだった気がするわ。今にして思えば、どうしよう、どうしようってアタフタ思考を巡らせてたってワケだ」

「言い方に悪意があるぞ、モディ」


 アルが振り向き、じろりとモディを睨んだ。


「ところでベルム、結局、これからどっちに向かうんだ。北側に抜けて、大橋で谷を渡るのか。それとも、旧道をぐるっと西に回るのか。どちらでもテラ・メリタには着くが、そろそろ分かれ道に差し掛かるはずだぞ」

「後者だ。ウングラの町を経由して、フルメン台地を抜け、テラ・メリタに入る」


 ベルムの言葉に、リラはパッと顔を上げた。それを望んで主張していたからだ。


「ウチの歌姫の希望を優先する、ってこった」

「ごめんなさい、ベルムさん。私のわがままに付き合わせてしまって」


 リラが恐縮すると、団長はいつもどおり豪快に笑い声を上げた。


「なに、今やウチの看板スターはお前さんだからな、リラ! 歌姫が行きたいと願うところに向かうのは当然ってもんだ。なぁ、御者!」

「誰が御者だ、誰が!」

「ま、当然と言えば当然よね。そもそも、大橋を渡ってテラ・メリタに入りたがってたのはアンタだけだし。なんだって、高い通行料を支払ってまで観光したかったんだか」

「ガッハッハ! つーことだから、進路は真西、昔ながらの街道を通って、目指すはフルメン台地、そして歴史ある宿場町ウングラだ!」


 カポカポ、ガラガラとのんびり音を立てて馬車は進む。

 リラは遠く西の空を見た。

 金鹿聖騎士団が発足して間もなくの頃、一度だけ、ウングラの街を訪れたことがある。

 既に大橋が完成して久しく、その影響を受けていた宿場町は、商人達が訪れることも無くなり、賑わいは過去のもの、すっかり寂れてしまっていた。当時の時点で住人は少なく、その少ない住人達も次々とウングラの町を出ていっていると話に聞いた。

 だが、そういうところ――助けを求めても聖騎士団まで声が届きにくく、瘴気の恐怖に怯える人々がいるであろう街だからこそ、自分達が訪れる必要があるのだ。


「規模が小さくて人数が少ないなら、滞在期間は短くなるかもね」

「そうですね。三年くらい前の時点で、町というより村といっていいほどの人数しか住んでいなかったはずですから」

「三年前でそれかよ。じゃあ、もしかすると、住人は跡形もなくいなくなっていて、すっかり寂れた廃村だけが残されているかもしれねぇな! そんでもって、夜な夜な浮かばれぬ魂達がフラフラ、フラフラと――」


 声を低めて話していたベルムは、車に乗っていた三人の女達の様子が変化していることに気が付いた。リラも、モディも、トリステスですら顔を引きつらせて身を寄せ合っている。どうやら、この手の話が苦手らしい。


「そういや、ロクス・ソルスにはこんな話もあったな。深い谷にある村で、訪ねる者といや、物好きな旅人か、珍しい薬草を仕入れに来る行商人、あとは左遷された役人くらい。そんで、その役人が春になって訪ねてみると、冬の間に瘴気に冒されたらしい村の住民は既に全滅し、屍鬼グールが徘徊する異界になりはてちまってたとか……」


 いたずら心でさらに話を続けようとしたベルムだったが、トリステスの非難めいた視線、リラの涙目、そして妻の殺気がこもり始めた目を受け止めて、そろそろ黙っておいた方がよさそうだと口を閉じた。

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