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第四十七話 意地の悪い言葉

「本来は必要のない、あり得るはずのない霊銀の取引……何かあるな。もしかすれば、どちらかの国に対して、あるいは両方の国に対して外交的に優位に立てる情報を握れるかもしれん。よくやってくれた、トリステス」

「はっ。ありがとうございます――」


 そう言った直後、トリステスがバッと顔を上げて部屋の外に視線をやった。アルドールは驚きながらも彼女の動きを見守る。


「どうした?」


 トリステスがフフと声を出して笑う。


「リラが、部屋の前を行ったり来たりしている。もしかして、私がこの部屋に来るのを見ていたのかも。それでなかなか出てこないものだから、男女の関係だとでも思ったのかしら。誤解させてはかわいそうね」


 言いながら、トリステスがアルドールに薄い本を投げてよこした。古びた革の表紙が貼られている。


「これは?」

「古い楽譜のようよ。中はよく見ていないけれど。そういう物を集めているということになっていたでしょう? 実際のところはどうであれ」


 トリステスは、タタッと扉に近付き、勢いよく扉を開いた。ちょうど扉の前に来ていたリラが「きゃぁっ」と驚きの声を上げた。


「どうしたの、リラ」

「あっ……す、すみません。えっと……」


 きゅっと唇を結んでから、おずおずと口を開く。


「トリステスさんのことがどうしても気になって、お部屋を伺ったんです。私が前にしてもらったみたいに、お話を聞くだけでも出来ないかと思って。でも、いらっしゃらなかったので、他の部屋かな、と。それで、その、モディさん達の部屋には居ないのが分かったので、ここかなと。でも、その……」


 途中から顔を真っ赤にし始めたリラを見て、トリステスは思わず苦笑してしまった。そういうことに免疫がないこの聖女にとっては、いろいろと気をもむ時間になってしまったようだ。


「心配しないで。別に、私とアルはそういう仲じゃないわよ。今までだって、そんな様子は一度もなかったでしょう? あの仲良し夫婦と違ってね」


 明らかに安心した表情を浮かべたリラの頬を撫でながら、トリステスが続ける。


「私はただ、アルに古い楽譜を渡しに来ただけよ。用事を足している最中、ひときわ古いのを見つけたから。それで、少し旋律について話をしていただけ。それじゃ、おやすみなさい」


 ぽん、とリラの頭を軽く叩いて、トリステスは颯爽と自室へと戻っていった。


「リラ?」


 再度扉が開き、アルが顔を覗かせた。


「どうしたんだ、こんな時間に」

「ア、アルさん。すみません、夜分に。ただ、どうしてもトリステスさんの様子が気になって、それで……でも、よかったです、ちゃんと大丈夫そうで」


 謝りながら、リラはもうひとつ、彼に謝らなければならないことがあったことを思い出した。自分の『聖歌』の力について他言しないようにしようと打ち合わせていたにもかかわらず、ラエティティアに正直に話してしまっていた


「あの……遅くなりましたけど、街を出るまでにひとつ、謝らせてください」

「謝る?」

「私、実はラエに『聖歌』のことを話してしまったんです。アルさんが私を思って忠告してくださっていたのに、ごめんなさい」


 そういえば、他言しない方がいいという話をしたのは自分だったなと、アルは以前した会話を思い出した。だが、リラがラエティティアに真実を伝えているのは既に向こうから聞かされて分かっているし、親友の側が秘密にすると言ってもいた。

 いいんだ、と言いかけて、アルはふと踏みとどまった。子供じみているのは分かっているが、少し、リラが困った表情を見たくなった。そのための意地の悪い言葉も思いついてしまった。


「仕方ないさ。俺とラエティティアとでは、彼女の方に信頼が傾いて当然だ」

「えっ? そういうことではないですよ」


 困る顔を見たくて口に出した言葉だったが、まったく予想外の反応が返ってきてしまった。驚くアルに、リラは首をかしげている。


「心から信じられる人に対して、自分が嘘やごまかしをするのが嫌だっただけです。ラエとアルさんの立ち位置が逆でも、同じように伝えたと思います。つまり、私とラエの間に重大な秘密があったとして、それについてアルさんに偽りを伝えなければいけないような状況になったとしたら、私は正直に真実を伝えますもん」

「それは……だが、内容によるんじゃないか?」

「そうですかね?」


 ん~、とリラは口に指を当てて少しの間考えてから、フフッと笑ってあらためて口を開いた。


「そうかもしれませんね。でも、私、恩人であるアルさんに嘘をつくようなことはしたくないです」


 満足そうな顔をして、リラは「おやすみなさい」と言って部屋に戻っていった。一人残されて、アルは中途半端に扉を開いたまま、部屋でも廊下でもない空間に立ち尽くした。


 まるで、見透かされているかのような言葉だった。

 まさか、全て知った上での発言だったのか。

 いや、それは考えにくい。もしもそうなら、彼女の真面目な性格を考えれば自分に対する――王族の人間に対する態度は変わるだろう。少なくとも今のように、当たり前に会話をしたりすることはないはずだ。

 リラにとって、自分は「恩人」で「心から信じられる人」という評価になっているようだ。

 だが、彼女が見ている自分は、偽りの姿だ。


「リラ……俺は……」


 ぐっと食いしばり、アルは月明かりも薄い宿で独り言ちた。

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