第四十三話 降ってきたな
「聖騎士団の務めは過酷だ。連日の野営、瘴疽の恐怖、魔物の敵意。専属聖女の警護もあるし、辺境の民との親睦もある。さらには大聖堂と軍部との軋轢までも。ゆえに、退団を願う者が出ること自体はおかしなことではない。だが、それが同時に四人もとなると、話は別だ」
しかも、と灰色の髪の騎士は言葉を続ける。
「卿の金鹿聖騎士団は、新設以来、魔物の討伐任務で多大な功績を収めてきた。特に、帰還後の療養が必要なほどの瘴疽傷病者をひとりも出さずに来ていたことは驚嘆に値する。だが、此度の北方遠征では四名が負傷し、ついに重篤な瘴疽も患ったとか。だが、妙な偶然ではないか? その負傷者達が、揃いも揃って自ら退団を申し出てきたというのは」
「……何が言いたいんです?」
「卿が、偉大な記録を途絶えさせた者達への懲罰として自主退団を強要したのではないか、と懸念があるということだ」
圧を増したソリトゥードの語勢に、ファルサはただフンと鼻を鳴らして返した。
「聖騎士を志すほどの崇高な者達が、たかが序列第十位のワタクシごときの圧力に屈して退団するなんて、ありえないと思いますけど」
「では、卿は彼らの退団の理由をなんだと?」
「聖女の影響じゃないですかぁ」
「聖女? インユリアといったか」
「違いまーす。ワタクシが言ったのは、その前に在籍していたリラという『半聖女』のことです。彼女は数ヶ月前、一身上の都合でと身勝手に金鹿聖騎士団の専属を辞めました。彼女につられて退団した可能性は高いんじゃないですかね。彼女のせいで、退団という安易な道があることが示されてしまったのは事実なので」
ファルサの鉄面皮は、まるで表情を動かす筋肉すら凍り付いてしまったかのように変化なかった。
「つまり、聖女リラが退団し、彼女を慕っていた団員も去っただけだ、と?」
「慕われていたという表現が適切かどうかは怪しいところですケド。男の団員達の機嫌を取ってまわっていたのをそう言うのならば、そうでしょうね」
冷え切った沈黙が円卓の間に流れる。
ファルサは鋭い視線を二人の聖騎士団長にそれぞれ向けた後、ゆっくり口を開いた。
「ご用件はこれだけですか? 連携の提案という建前で、実は団員の同時退団に関する詰問をしたかった、と。でも、ワタクシの記憶が正しければ、聖騎士団の歴史の中で同時退団には前例がありますよね? 直近では桃熊聖騎士団の聖女が退団すると同時に三名の聖騎士が去っている。ウチの金鹿聖騎士団に対して疑念をお持ちならば、同じ目をムスケル殿にも向けられた方がいいんじゃないですか?」
「……ああ、そうだね。手間をとらせた」
ファルサは踵を返し、さっさと円卓の間を出て行った。その姿が見えなくなってから、残された二人は視線を合わせて息をついた。
「ソリトゥード。高圧的な態度はとらないようにと事前に言っておいたはずだろう」
「向こうがあのような態度だった以上、仕方あるまい。序列も忌憚もなく、という騎士の心得は建前に過ぎん。礼節を重んじ、厳格な規律を守ってこそ騎士の質も保たれるというものだ。そもそも、あの者の序列や立場自体――」
「ま、それは置いといて――」
ウィルトゥスはソリトゥードのいつもの御高説が始まるのを察して、素早く四枚の羊皮紙を取り出した。
「まったく同じ文面、同じ筆跡で、最後のサインだけが違う退団願い。誰がどう見たって、ひとりの人間があらかじめ用意した物だ。彼女が四人に退団を迫ったのは間違いないと思うが、認めなかったなぁ」
「今にして思えば、数ヶ月前、リラという専属の聖女が自主退団したというときもそうだったのかもしれん。とんだ毒婦よ。その毒も、魔物に対して効果を発揮するのならよいが、この数ヶ月はさしたる功績も残せていない。まったく、建国当時から続く名門貴族の名が聞いて呆れる」
ふむ、と息をついてウィルトゥスは羊皮紙の一枚に目を落とした。そこには、マエロルという名が記されている。その視線に気付いたソリトゥードが口を開いた。
「それが、卿の遠戚だという者か」
「ああ。血筋で言えばかなり遠いんだが、何かと縁があってね。彼が聖騎士になったのも、恥ずかしい話だが、僕の背中を追いかけてということらしいんだ」
「それならばなおのこと、卿の銀狼騎士団に引き込むべきだったな」
ウィルトゥスは苦笑して言葉を次いだ。
「そうしようかと言ったんだけどね。マエロル自身が、金鹿聖騎士団に配属されることを強く希望したんだ。聖騎士団というよりも、専属の聖女リラに惹かれたらしい。彼女と共に働くのを望んだんだよ」
「随分不埒な理由だな」
「そう言ってくれるな。僕の言い方がまずかっただけで、男女のそれとは違う。なんでも、聖女リラが大聖堂に居た頃に働きぶりを見たことがあるらしく、その高尚さに感じ入ったらしい。自分は彼女を護るために聖騎士になるんだと、まぁ、一応はそう言っていたからね。剣も弓も、僕以上に才能があったんだがなぁ……」
羊皮紙から視線を上げ、ウィルトゥスは外を見た。
「降ってきたな」
金鹿聖騎士団は、その成立の経緯から何かと話題に上り続けている。団長ファルサの強権的な振る舞い、異様に嵩む遠征費、滞在先からの苦言など、枚挙にいとまがない。
唯一、前の専属聖女の浄化の力は好意的に話題に上っていた。ある遠征においては、全身を瘴気に侵され屍鬼となる一歩手前の状態だった患者を、健全な状態にまで治したというのだから驚きだ。もっとも、事情があって浄化の数をこなすことを出来なかったために、目に見える記録としては残りにくかったようだが。
しかし、それも専属聖女の交代によってなくなった。それどころか、新たに専属になった聖女インユリアについては、なぜか聖騎士団の備品や消耗品の管理に携わっていて、不審な動きが見え隠れしているらしい。
「荒れなければいいがな」
ソリトゥードの呟きに、ウィルトゥスは何も応えず、そのまま外を眺めた。




