第四十二話 口に出してみると
太陽色の瞳が熱を帯びる。
「えへへ……面と向かって言うの、照れくさいけど、ボク、リラのことを尊敬してるんだ。自分が苦しくったって、周りに何を言われたって、めげない、負けない、前を向く。ヴィア姉に対しても憧れの気持ちはあるけど、リラに対しては、なんていうか……目標とか、ライバルみたいな感じなんだ。ボクも頑張るぞ、って思える」
リラが金鹿聖騎士団の新設に合わせて大聖堂を出てから、二年弱が経った頃だった。桃熊聖騎士団の専属聖女が体力の限界を理由に退団を申し出て、その後釜に入ったのがラエティティアだった。大聖堂でも明るい性格と高い浄化能力を買われていた彼女が聖騎士団に抜擢されることはなんの不思議もなかったが、まさか自分が影響しているとは思ってもみなかった。
「それに、同じ立場になったらちょっとは会えるかな、っていう期待もあったし。だって、リラってば、金鹿聖騎士団の専属になってからずっと、一度も大聖堂に来なかったじゃん」
「そ、それは……その、専属の聖女として恥ずかしくないように、鍛錬を続けなくちゃならなくて――」
「ファルサ聖騎士団長のプレッシャーのせいでしょ? きっと、退団した理由も」
ぎくりとしてラエティティアを見る。彼女はどこか寂しそうに微笑みをたたえていた。
「聞いてた。リラが、団長さんとうまくいってないってことは。だけど、リラが頑張ってないはずないし、大聖堂でもたくさんの人に認められてたから、きっとその内評価が変わるはずだって思ってたけど……違ったね」
「……うん。期待に応えられなかった。やっぱり私は、『半聖女』なんだって思い知らされた三年間だった」
リラは、自分でも驚くほど落ち着いて言葉を紡いでいた。
あれだけ苦しかった三年間を、思い出すのも嫌だったはずだ。
モディやトリステスが「聞かない方がいいかと思った」と口にしたように、出来れば触れてほしくない部分だったのは確かだ。
それがこうして、口に出してみると、別にどうということもない。
ああ、自分にとって金鹿聖騎士団はもう過去のことで、もう終わったことなんだ。
「リラ、いい顔してる」
「そう?」
「うん。今の……ウェルサス・ポプリ音楽団が、リラの居場所なんだね」
「……うん」
嬉しさを噛みしめるようにリラが頷くと、ラエティティアは、あ~あと言ってベッドに背中を投げた。
「リラの後を追って聖騎士団に入ったのに全然会えなかったし、そのリラはさっさと辞めて旅に出ちゃうし。団長さん含め同僚には恵まれたけど、リラみたいに恋人とは巡りあえてないしな~」
「こっ……ア、アルさんと私は、別にそういう――」
振り返ってラエティティアの顔を見ると、意地悪くニヤニヤとリラに視線を送っている。しまった、とリラは自分の口を押さえた。
「別に、ボクはアルって人のこととは言ってないのになぁ。あ~、やだやだ、こっちまで熱くなってきちゃった。でも、楽団には他に美人さんがふたりもいるから、うかうかしてると獲られちゃうかもよ~」
もう、と言ってリラはラエティティアに覆いかぶさった。二人はかつて、まだ十歳にも満たなかった頃にそうしていたように、ベッドの上ではしゃいで笑い合った。
コルヌの都の中心部、王宮の敷地内に、聖騎士団の総本部が設置されている。
聖騎士団の創設が決まった何十年も前、潤沢な費用をかけてつくられた大理石の建物は、それ自体が一種の芸術品のように鎮座している。
その中の最上階で、三人の聖騎士団長が円卓の間と呼ばれる場所に居た。
一人は銀狼聖騎士団の団長にして序列第一位のウィルトゥス。栗色の長い髪は品よく束ねられ、柔和な顔つきも手伝って暖かさを感じさせる。
一人は紫豹聖騎士団の団長、序列第二位のソリトゥード。グレーの髪は短く刈り上げられ、その毛先のように鋭い視線が印象的な人物である。
そして最後の一人は、金鹿聖騎士団の団長ファルサだった。
「まずはかけよう。騎士同士、序列はあれど上下はない。それを示すための円卓だ」
「結構でーす。ワタクシの序列は第十位。序列第一位と二位のお二人とは、天地の差がありますから」
にべもなく、氷のような顔を崩さないファルサを見ながら、ウィルトゥスは困ったように口を結んだ。とっつきにくい人物だと噂には聞いていたが、これほどとは。
「あー……じゃあ、立ったままで話を進めようか。僕らは同じ聖騎士団長として、互いの喜びも苦労も理解しあえるし、共感しあえるはずだ。普段は滅多に顔を合わせないけれどね。だから、もしも何か困っていることがあったら――」
「困ってませーん。何か別の話があるなら、そっちをどーぞ、ウィルトゥス卿」
「そうかい? それじゃあ……先日実施された北方遠征の後、ファルサ殿率いる金鹿聖騎士団で、立て続けに四人の騎士が退団したと聞いたよ。聖騎士団を構成する騎士は、王国騎士団から選ばれた十人だ。実に半分近い人数がいなくなったことになる。既に王国騎士団からの人員補充のめどはついている、ということだったが、大丈夫かい?」
ファルサは怪訝そうに顔を傾けた。
「大丈夫か、とはどういう意味ですか?」
「急に半数近い騎士の顔ぶれが変わってしまうと、連携もおぼつかなくなるだろう。それで、戦力的に低下するんじゃないかと思ってね。必要があれば、当面の間、僕のところか、ソリトゥードの紫豹聖騎士団と共同で遠征任務に当たろうか、という提案だ」
「ご心配なく。そうならないようなレベルの騎士を選り抜きましたので」
「我々が気にかけているのは、それだけではないぞ」
それまで口を閉ざしていたソリトゥードが静かに声を出した。




