第四十話 言ってしまいたい
谷底で大爆発が起こり魔物が大発生してから、一週間が経った。
街の活気はすっかり元通りとなっていたが、桃熊聖騎士団の面々を褒めたたえる声はあちこちで続いていた。
そんな中、ウェルサス・ポプリ音楽団の演奏もまた評判を呼び、連日の盛況を収めていた
「いや~、今日も稼いだ、稼いだ! 潤ってるもんだから、商人のみなさんの払いが随分いいぜ!」
声を弾ませて樽の中を眺めるベルムの横で、アルは熱心に撤収作業をしている。それを見て、リラも動きを速めた。もっとも、ベルムは宿から出る際には必ずフルフェイスの兜をかぶることにしているので、顔は見えない。
「アルもリラちゃんも、反省が行動に現れてるわね。感心、感心」
「そろそろ午前の外出を許可してあげてもいいかもしれないわね」
モディとトリステスの会話を、聞こえないふりをしながらも思わず笑みがこぼれる。
「そういえば、今日はラエティティアが聴きに来ていたな」
片付けの手を動かしながら、アルが呟く。
「えっ、本当ですか。気付きませんでした」
「連日、聖騎士団の面々が足を運んでくれているのは?」
「それは。そろいの団服ですし。ムスケル様も来てくれていましたね。でも、ラエは……」
「彼女は、団服ではなかったな。聖女らしい白いローブでもなかったから、心なしか、変装しているような感じにも見えた。まぁ、聖女がその辺を歩いていては目立ってしまうのかもしれないが……」
はて、とリラは首を傾げた。
金鹿聖騎士団では、専属の聖女が出歩くことは歓迎されなかった。必ず護衛を二人以上付けなければならないとのことで、聖騎士の時間を拘束してしまったからだ。団長のファルサからは、自分の興味やわがままで貴重な団員の時間を浪費させるな、と常々言われていた。
桃熊聖騎士団なら、そういうことはないのかもしれない。聖騎士団の雰囲気がまるで違うから、自由に出歩くことが許されている可能性はある。だが、それならそれで、彼女の性格的に演奏中でも自分の居所をアピールしそうなものだし、演奏後に声をかけに来てくれてもよさそうなものだ。
周りと言うよりも、自分達にバレないように聞きに来ていた、ということだろうか。
「もう一週間にもなるのに顔を出さないものだから、しびれを切らして様子を見に来たのかもしれないな」
「それはあるかもしれません。モディさん達にあれだけ叱られたのに、今度はラエからも怒られてしまうんでしょうか」
がっくりと肩を落とすリラは、ちらりとモディとトリステスの方を見た。自由に行動するのは無理だとしても、せめて桃熊聖騎士団のところに挨拶に行くことは許可してもらえないだろうか。でも、三人とも随分カンカンだったしなぁ。
明日の朝にでも、勇気を出してお願いして見よう。そんな風に考えていたリラの元へ、ラエティティアは突如来訪した。朝食が終わり、街の朝がこれから始まっていくという時間に、宿に姿を見せたのが彼女だったのだ。
「ごめんください。リラがこの宿に泊まってるって聞いて――」
「ラエ?」
食後のテーブル掃除をしていたリラは、クロスをその場に放って玄関に駆け付けた。
「ラエ。どうしたの。いや、どうしたっていうか、私の方から行かなくちゃいけなかったのに、ごめんね」
「ううん。向こうじゃ都合が悪いこともあって。リラと話をしにきたの」
ラエティティアの顔に、いつもの笑みがない。かといって、昔喧嘩をしていたときに見せていた顔つきとも違う。何か真剣さがありながら、その感情が何であるか、リラには測りかねた。
「……私の部屋でいい?」
「うん」
片付けをその場にいたトリステスに引き継いで、リラはラエティティアと共に二階へ上がった。何もない自室へと彼女を招き、どこに座ってもらったらいいかと迷った末に、隣り合ってベッドの縁に腰かけることになった。
「リラ。単刀直入に聞くね」
同じ方向を見て目を合わせないまま、ラエティティアが言葉を紡ぐ。
「谷底の戦いで、何をしたの?」
「えっ……」
「ドラゴンを討伐し終わって、ボクは聖騎士達を浄化しようとして、いつも通りみんなに触れていった。でも、反動の痛みがまったくなかった。最後の一人を終えても、痛みもないし、爪の色も変わってなかった。みんな、ボクが浄化する前に瘴疽が消えてたんだ」
リラの頭の中に、アルの言葉が蘇る。彼は自分に、『聖歌』の力については他言しない方がいいと言った。
「……最初から、瘴疽になってなかっただけなんじゃない?」
「そう言うと思った。でも、ボクは戦闘中にみんなの負傷具合を確かめるようにしてるんだ。浄化の優先順位を間違えないためにね。少なくとも七人は、軽重の差はあっても瘴疽になってたよ。相手が相手だったから、それで済んでよかったっていうレベルなのかもしれないけど。とにかく、みんな一度は瘴疽にかかったはずなのに、戦闘が続いている短時間の間で浄化されてたんだ。信じられないことに」
それに、とラエティティアは言葉を次いだ。
「次の日、ボク達が護衛について谷底の浄化作業へ行くと、既に瘴気は跡形もなかった。まるで、何者かが瘴気を打ち消す何かをしておいたみたいに。最後まで残っていたのは、リラ達だったよね?」
重い沈黙が部屋に充満した。
かつて大聖堂に居た頃、何度も喧嘩をしたが、こんな風に重苦しい時間を過ごしたことはなかったような気がする。
「本当のことを、知りたいんだ。何も聞かないままでいようかとも思ったけど、今日、リラの顔を見て、歌を聞いて、やっぱりちゃんと知りたいと思った」
「ラエ……」
揺れる。
真実を打ち明けたとしたら、彼女はなんと言うだろう。
羨ましい?
ずるい?
そんなはずはない?
かつて彼女が言ってくれた言葉を思い出す。
「銀色でない爪こそ可能性です。染まっていないからこそ、何色にでもなれる」
ラエが言ってくれた「可能性」が形になったんだよ。
そう言ってしまいたい。




