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第三十九話 逆の立場なら

「それがねぇ、不思議なのよ。ちょっと長くなるけど……到着して、まずは我が目を疑ったわ。四人で倒すにはあまりにも強大な相手なんだもの。それで、アタシは三人に時間を稼いで他の部隊が駆け付けるまで耐えるよう指示を出したの。アタシがフロントで盾役になってね」


 ムスケルの言葉に、トリステスが珍しく目を見開いて驚いた。


「ドラゴンを相手に、前衛が一人? 無茶なことを」

「カールとフリッツの二人が、仕掛けざまにやられて瘴気も受けちゃったもんだから。無茶でもなんでも、やるしかなかったのよね。まさに防戦一方だったけど、どうにか堪えられそうだったし」


 それで、とムスケルが続ける。


「感覚的にはそう長くない時間だったけど、急にドラゴンの動きが鈍くなったタイミングがあったの。自分で時間を稼げって言っておきながら、チャンスだと思った瞬間攻めに転じちゃったわ。経験って恐ろしいわよね。体が勝手に動いちゃうんだもの」


 アルとリラは目を合わせた。おそらく、リラの歌が谷に響いた、あのタイミングだろう。


「そしたら、それまでまるで刃が立たなかった鱗が柔らかくなってて、攻撃が通じるようになってたのね。いける、と思ったところに部下達が駆け付けてくれて、あとは一気に、ってカンジよ。半数が反撃を食らって瘴疽も受けちゃったけど、もうラエティティア嬢が浄化してくれたみたいね」

「……うん、まぁね」


 いつもの溌溂とした様子がないラエティティアを、リラは横目で見た。浄化の痛みにはお互いに慣れているはずだが、さすがにドラゴンともなると瘴気が強かったのだろうか。瘴疽も反動も重かったのかもしれない。


「あとは霊銀薬を撒くか、埋めるかするだけか」

「ええ、そうね。一度街に戻って、あらためて来ましょう。さすがにあんな強力な魔物が続けて発生するはずはないでしょうし」

「では、俺達は少しここを探索してから戻ることにする。珍しい魔物の骸だから、何か得られるかもしれない」

「強力な魔物は死してなお残った力を物質化させることがあるんだったわね。世の中にはそれを集めている物好きもいるってハナシだけど……アタシ達聖騎士団はノータッチだから、貴方達の好きにしていいわ。正式な報酬もお渡しするけど、まずは手付ってコトで。護衛に何人か残す?」


 ムスケルの申し出を、アルは丁重に断った。

 聖騎士団の期間を見送り、三人は竜の骸で歌を奏でた。予想の通り周囲の瘴気は見事に掻き消えたが、期待していた力の結晶は特に得られなかったように見えた。


「残念だったわね。貴重なものが手に入ったら、路銀の足しに出来たのに」

「いや……待て。何かある」


 アルが、ドラゴンの骸があった場所に慎重に近づき、膝をついた。そして、何か小さな物を拾い上げ、手の平に乗せた。


「何かありました?」

「何かはあった。なんなのかは分からない」


 そう言ってアルが見せたのは、どこまでも透き通った石だった。子供の握りこぶしくらいの大きさはあるのに、向こう側まで見通せるほどだ。


「周囲が完全に浄化された以上は、瘴気を宿した危険な物というわけでもないだろう。ひとまず、持ち帰るとしよう。少なくとも、ベルムとモディに俺達の活躍を伝える証拠にはなる」

「ドラゴンよりもあの二人のほうが怖いかもしれませんね」

「あら。言っておくけど、私も二人にはまだ言いたいことが山ほどあるから。勘定は別にしておくことね」


 瘴気が消え、澄んだ空気の谷底の森を、アルとリラは違う緊張感に包まれて帰途に就いた。

 街へ戻ると空から来襲した小型の魔物達は一通り駆逐された後で、往来に一般の市民の姿がちらほらと見える状態になっていた。

 谷へと続く街の出入り口で、番を務める兵が不格好な敬礼をした。


「アル殿、リラ殿、トリステス殿に伝言です。桃熊聖騎士団の団長ムスケル様が、落ち着いたら騎士団の駐屯所に顔を出してほしいとのことでした」

「わかった、ありがとう」


 事情をそれなりに知っているらしい騎士達は、三人の姿を認めると顔をほころばせ、その勇敢な働きを讃えてくれた。

 だが、宿に帰った二人を迎えたのは、鬼の形相の夫婦だった。

 ベルムは弁明も待たずに一通り怒鳴り声をあげ、それを窘めに入ったはずのモディが途中から感情的になり、泣きながら二人を叱り始めた。とどめはトリステスの理路整然とした説教で、小一時間ばかり続いた。


「カトブレパスが可愛く思えたな」


 げっそりやつれて二階へ上がる途中、アルがリラに笑って言った。リラは力なく笑って頷く。


「心配をかけてしまったのは事実ですし、トリステスさんの言っていたことはもっともですから」

「逆の立場ならどうだった、か。確かに、自分達だけが安全な場所にいたのかと憤ったのは間違いない。考えてみれば、状況的にあの三人も街の危機を救おうとしただろうことは自明の理だったな」


 リラの手前、そうは言いながらも、アルは心の中では首を振る部分もあった。彼らの立場を考えると、ロクス・ソルスの王族である自分に危険が及ばぬよう、意地でも止めたのではなかろうか。前の漁村のように自分達しか解決の力をもっていないというのならまだしも、今回は桃熊聖騎士団をはじめ、多くの戦力が存在していたのだから。


「外出禁止令、本当に出されちゃいましたね」

「ああ。桃熊聖騎士団の所に顔を出すのは、ほとぼりが冷めてからになるな。公演だけはきっちりやらされるというのだから、まったく容赦のないことだ」


 動揺が広がる街に少しでも元気を、ということで、その夕方から早くもウェルサス・ポプリ音楽団の公演は開かれた。ふたりの疲労を考えて宿を出てすぐの広場が会場として選ばれたものの、リラの歌声にはいつもほどの元気はなかった。

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