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第三十五話 行進曲

「もちろんだ」

「もちろんです」


 ふたりの声が重なり、ムスケルの険しい顔つきが一瞬緩んだ。リラとアルは互いに顔を見合わせ、苦笑した。


「やだもう、息ピッタリ。これじゃ、二人に分かれて動いてもらうのは酷ね。もっとも、初めからアタシ達と一緒に谷に向かってもらうつもりではあったけど」

「街の防衛は?」

「駐屯している騎士団に任せるわ。こんなこともあろうかと谷側の防壁は堅牢そのものだし、街のみなさんも、地区ごとの自警団の組織をはじめ自衛の手段をそれぞれ確保している人が多いからね。五分後、桃熊聖騎士団総出で谷に向かうわ。ちょっと待ってて」


 まさか五分で、と驚くアルをよそに、ムスケルは予告よりも二分も早く聖騎士達を率いて正門に戻ってきた。なんという士気の高さだとアルは舌を巻いた。


「まさか、ボクがリラと一緒に戦う日が来るとは思わなかったな」

「ラエティティアも前線に?」


 アルの問いに答えるべく口を開いたのは、本人ではなくリラだった。


「彼女の戦棍バトルスタッフ捌きは、私の戦鎚メイスの比じゃないですよ。大聖堂で毎年開催される僧兵達の武術大会に聖女ながら飛び入り参加して、そのまま優勝しちゃったくらいですから」

「当然のように、翌年から大会開催期間中は監視をつけられるようになっちゃったけどねー」


 ラエティティアはケラケラ笑い、リラはクスクス笑っている。アルは、この二人と出会ったことで自分が大聖堂に抱いていたイメージがだいぶ覆されたように感じた。ステラ・ミラの財産と言って差し支えない聖女という存在は、もっと高尚、悪く言えば鼻持ちならない人種なのだと思い込んでいた。


「徒歩での進軍になるけど、弱音吐くんじゃないわよ、アンタ達!!」

「オオォッ!!」


 怒号のようなムスケルの声に呼応して、石畳が揺れんばかりの返事が響く。痺れるような戦意を腹の底に感じ、リラも自らの意識を集中させた。

 隣で構えるアルも既に剣を抜き、凛々しい顔つきになっている。


「リラ」

「はい」

「デンスで歌っていた、行進曲マーチがあっただろう。あれを歌いながら行けるか?」


 リラは言葉の真意を察し、力強く頷いた。自分の歌声には、能力を向上させる力が込められている――らしい。さらには、瘴気に対する防護の力も。これから激戦に身を投じようというのだから、それらの補助はあればあるほどいい。


――

剣を掲げ 騎士の誇りよ

勇気を胸に 進める我ら

――


「わぁ、久しぶりだなぁ、リラの歌。しかも、ボクの好きな歌だ」

「聖女の合唱を聞きながら行進とは、聖騎士団冥利に尽きるというものだ!」


――

荒野を越えて 敵を打ち砕き

正義の旗を 高く掲げよう


行く手には 戦友の誓い

仲間と共に 戦い抜こう


雷鳴が轟く 戦場の空に

勝利の歌を 響かせよう


剣を振るい 敵を屠る

勇敢な騎士の 武勇を称えて


誇り高く 高らかに

勝利の旗を 天に掲げよう

――


「みるみる力が沸いてくるようではないか!」

「待っていろ、谷底の醜悪なケダモノどもめ!!」


――

行く手を照らす 光の導き

我らの信念 揺るぎなく


剣を持ちて 誇りを持ちて

戦う騎士の 誇示を讃えよう

――


 リラとアル、そして桃熊聖騎士団の十二名、総勢十四名は大通りを抜けて異変真っ只中の谷底へと走っていった。




「戻ってこないわね、ふたり。騎士団が屋内に避難するようにって叫んで回ってたから、とりあえず引っ込んではみたけど……」


 宿の一部屋に集まって、ベルム、モディ、そしてトリステスが窓から外を見る。モディの顔には憔悴の色が浮かんでいる。


「殿下もリラちゃんも、向こう見ずなところあるし、もしかして、この騒ぎに首を突っ込みにいったんじゃ――」

「ありえるわな。殿下の性格を考えりゃ、問題解決のために聖騎士団のところに助力に行くくらいのことはしてるかもしれねぇ」

「リラもよ。あのふたり、そういう部分はよく似ているもの」


 三人は互いに顔を見合わせ、頷き合った。


「よっしゃ! そうと決まれば、俺達も打って出るとしよウゴッ――」

「ストップ。アンタはまず、どっかからフルフェイス型の兜を調達してからよ。殿下が言ってたでしょ、顔が割れてるから面識があるとバレたらまずいって」

「それじゃあ、私はその間に辺りの騎士にでも話を聞いて、状況を把握するわ。お互いに、十分もあれば十分でしょう」




 踏み固められた坂道を下る途中、勇者達は早くも魔物の襲撃を受けていた。肥大化した翼を羽ばたかせて、人の子供ほどはあろうかという大きさの蝙蝠が空から降りてくる。


「弓に頼るな! 手槍用意!」


 ムスケルの号令が響く。

 適切かつ迅速な指示によって、桃熊聖騎士団は一丸となって大蝙蝠を撃退していく。


「下の露払いは俺がやろう」


 アルが躍り出た。

 小鬼や三つ目の狼を相手に、流麗な剣技を苛烈に見舞っていく。


「ひゅーっ。すごいじゃん、リラの旦那さん!」

「だっ、旦那さんじゃないったら!」


 ラエティティアも余裕のある表情のまま、アルが剣を振るった後から飛びかかってきた後続の鼻っ柱を強かに打ちしだく。


「ゲストや聖女に後れをとるんじゃないわよ、アンタ達!!」

「任せてくださいよ、団長ぉっ!」

「すこぶる調子がいいぜっ、今日の俺はぁっ!」


 意気揚々と槍を振る騎士達を横目に、リラとアルは瞬間、目を合わせて互いに笑みを送りあった。

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