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第三十一話 まさかなもんか

 暦は、国による差異がない。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫が百年周期で入れ替わり、一回りすると第何紀という数字が増える。


「藍の年の二十四年生まれだ」


 えっ、と思わず声が出た。


「同じです。私と。ラエも」


 絶対に年上だと思っていたのに。


「そうなのか。それならなおさら対等に話してくれた方がいいと思うが」

「それはそうかもしれませんけど、なんていうか――」

「お~い!」


 十字路に差し掛かって、横から大きな声が届いて来た。もうすっかり聞き慣れた、モディの声だ。


「ふたり、一緒だったのね」

「そう言うモディさんは、ベルムさんと一緒だったはずでは?」

「ちゃんといるぜ~……」


 後ろからのっそりと姿を見せたのは、まさに楽団の団長その人だった。だが、いつもの剛毅な元気はなく、すっかり疲れ果ててしまっている。


「だ、大丈夫ですか、ベルムさん」

「お~……モディの奴がブーツを新調したいってんで、あっちを見てこっちを見て、またそっちに戻ってを繰り返して、だいぶ体力を持ってかれちまってな……」


 気の毒に感じながらも、この夫婦の仲の良さが伝わる話だとリラは思った。視線を落とすとモディのブーツは真新しいものになっていて、その手には飴色のガラスの瓶が提げられている。おそらく、買い物に付き合ってもらったお礼にと、モディがベルムの為に買ってあげたのだろう。


「ふたりはずっと一緒だったの?」

「えっ? えと、まぁ、そうですね」


 正直に話せば、自分が危険な目に遭ったこと、アルに救われたことの顛末を話さなければなくなる。余計な心配をかける必要はないだろう。

 リラがアルの方を向くと、赤毛の青年は笑って口を開いた。


「最初は別々に街を見ていたんだが、途中でばったり会ってな。さらにばったり、リラの古い知人に会い、彼らと時間を共有していたよ。リラの大聖堂時代の話も聞けて、有意義だった」

「えっ、何それ、あたしも聞きたい! ねっ、リラちゃん、いいでしょ?」

「はい、構いませんよ。それじゃあ、夕飯のときに」


 そうと決まれば、と足早になったモディの後ろを、ベルムが足を引きずってついていく。


「ありがとうございました、アルさん」

「余計な心配をかける必要はないからな。特にモディに知られたら、外出禁止令でも出されかねない」

「まさか」

「まさかなもんか。ベルムの伴侶をやってのける女性だ、怒らせたらどうなるか。想像を超えるぞ、きっと。例えば、そうだな――」

「角が生える?」

「それだ」


 笑い合う二人の距離の近さを後ろに見ながら、モディはふ~ん、と満足げに独り言ちた。

 トリステスが宿に戻ってきたのは、楽団がいつも夕飯をとり始める時刻の直前になってからだった。アルが新しい装備の具合を尋ねると、トリステスは不敵に笑い、「お楽しみに」とだけ言って部屋に引っ込んでしまった。

 その後の食事は大いに盛り上がった。

 リラの大聖堂時代の話、特にラエティティアとの友情の話は楽団員を惹きつけた。モディはラエティティアに会うことを熱望し、トリステスは大聖堂の構造について細かく知りたがった。リラは質問攻めに会いながら合間合間にパンを口に入れなければならないほどだった。


「本当は、前から色々聞いてみたいとは思ってたのよね。でも、なんとなく大聖堂時代のことって触れない方がいいのかなぁ、って」

「私も。リラは、大聖堂にあまり良い思い出がないのではないかと、勝手に想像してしまっていたわ」


 そうなんですか、とリラは小さく頷きながら、否定はしなかった。

 ラエティティアとの友情は自分にとって大切な思い出であり、宝物でもあるが、『半聖女』の自分にとっては大聖堂の厳めしい空気が息苦しかったのも事実だ。

 こうして信頼できる仲間達に出会えたからこそ、過去のこととして笑って話せているのだと思う。


「オレはどっちかっつーと、そのラエなんとかって聖女よりも、ドギツイ団長さんの方が気になるぜ。おそらく、そいつぁ――」


 ガンッ、と鈍い音が響き、ベルムの悲痛な叫びが鋭く走る。


「モ、モディさん!? 今のは別に、ベルムさんは悪くないんじゃ――」

「あたし、別に何もしてないわよ?」

「すまん、俺だ。足を組んだ拍子に、ベルムの脛を蹴ってしまったようだ」


 そう言って腸詰を口に入れたアルに、ベルムは涙目で痛みを訴えた。

 そこから話は変わり、それぞれが街中で見つけた面白かったものを発表しあい、夕食の場はお開きとなった。

 夜が深まる少し前、アルは部屋を出た。

 信頼する夫婦の寝室をノックする。


「アルだ」

「っとぉ………………よっしゃ、入っていいぜ」


 キィ、と扉を開きアルは用心深く部屋に踏み入った。ベルムとモディは、それぞれベッドの縁に腰かけている。


「夜分、夫婦の密な時間を邪魔してすまない」

「あら、殿下もそういう冗句を言うようになったんですね。やっぱりリラちゃんと何かありました?」

「俺は真面目な話をしに来たんだ」


 アルは手近にあった丸椅子を手繰り寄せ、どかっと腰を下ろした。

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