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第三十話 不完全であることは

「よくもまぁ、あの厳粛な建物の中でそんな立ち回りをしでかしたわネ。お偉方が黙ってなかったんじゃない?」


 二人の聖女が目を合わせて苦笑しあう。


「ええ。それからすぐに、ラエが大司教様に呼び出されました。私は自分が関係していることだからと同行しました。そこで提案されたのが、私の右手の爪に溶かした銀を塗ってはどうかということでした」

「提案っていうか、もはや指示だったけどね。これを機に完全な聖女となって、無用な揉め事の種は摘んでしまった方がよかろう、なんて言ってさ。その、完全な聖女っていう言葉を聞いた瞬間、アッタマ来ちゃってね。気が付いたら叫んだ後だった」

「あのときのラエの言葉、私は一言一句、正確に覚えてます――不完全であることは罪じゃない。不完全さは可能性そのものだよ。銀色じゃない爪も可能性そのもの。染まっていないからこそ、何色にでもなれるんだ。聖女でない多くの人々がそうであるように――銀色でない爪を否定することは、聖女以外のすべての人を否定することに繋がります。それに気付いたらしい大司教様は何も言えなくなってしまい、私達は注意とも言えない注意を受けただけで退室を促されました」

「……胸を打たれる話だな」


 アルの視線を受けて、ラエティティアが頭を掻く。


「な、なんか、あの時は勢いで……でも、リラを傷つけてから、ずっと考えてはいたんだ。どうしてリラの爪は半分だけ銀色で、半分はそうじゃなかったんだろう、って。ボクなりに納得できた答えが、それだったんだよね。きっと、リラは聖女じゃない、もっと別の何者かになるんだろうなぁ、って。リラの右手の爪はさ、可能性そのものなんだよ。だって、リラはボクの知る限り、大聖堂で一番努力していた聖女だもん」


 ぐひん、とムスケルが大粒の涙をこぼした。


「なんて……なんて素敵なの、二人ともッ! アタシ、感激してお腹が空いてきちゃう!」


 昔話に花が咲いて止まっていた手が、あらためて動き出し、大量にあった昼食は順調に消費されていった。ホットドッグが片づけられると、そこからは近況を伝えあう時間が流れた。

 桃熊聖騎士団は、ワリスの谷に発生する魔物の定期的な討伐を任務として来たとのことで、二週間は逗留するとのことだった。いつでも顔を出してね、という団長と専属聖女の言葉に頷き、リラとアルは聖騎士団の駐屯地を後にした。


「すっかり話し込んでしまったな。もう、陽が傾いている」

「なんだか、恥ずかしい部分を知られてしまいましたね」

「何を。むしろ、羨ましいとすら思ったよ」

「羨ましい? 何がですか?」


 歩きながら横を見上げると、アルがどこか寂し気な笑みをたたえてリラを見つめていた。目が合い、リラはどきんと鼓動が強くなるのを感じた。


「君とラエティティアが話しているときの様子が。ああいう、気の置けない知己がいる、ということも羨ましかったが、その……君が彼女と話しているときの表情がな」


 言われて、リラは慌てて両手を頬に当てた。そう言えば、ウェルサス・ポプリ音楽団の面々といるときは足を引っ張らないようにと気を引き締めている。それが、ラエティティアと話しているときは完全に気を緩めてしまっていた。みっともない顔をしてしまっていただろうか。でも、羨ましいとはどういうことだろう。


「あんな風に表情を砕いて笑うリラを初めて見た。俺――達にもああいう顔を見せてくれればいいのにと、なんというか、嫉妬してしまったよ」


 オレンジ色を増した陽光に照らされて、アルの微笑みが輝く。

 リラは胸の高鳴りを感じると共に、急いで心に蓋をした。

 ラエティティアがムスケルとの寸劇で示した関係性を思い出したからだ。

 考えすぎないようにしていたこと。

 いろいろな感情が胸の中で渦を巻く。

 あんまり意識しちゃ、ダメだ。


「でも、私、みなさんと一緒にいるときの顔はきっと、ラエに見せていたものとは違うと思います」

「そうだと嬉しいな。それにしても、ラエ、か……」


 顎に手を当て、アルは何事か思考を巡らせているような姿勢になった。夕方の大通りを、人波に乗って歩く。

 宿の近くだ、とリラが思い出したあたりになって、アルが「そうだ」と言葉を紡いだ。


「俺もみんなも、リラのことはリラ、と呼び捨てにしているよな」

「モディさんは、リラちゃんと言ってくれますけど」

「そうだったな。それで、団員に対してさんづけをやめるというのは難しいのか? まだ数ヶ月の付き合いとはいえ、寝食を共にしてきたんだし」

「皆さんを呼び捨てに、ですか。それはちょっと、私の方がだいぶ年が下でしょうから、敬意がない感じがするというか……」


 言いながら、リラは場面を思い浮かべてみる。

 「ベルム」――違和感がある。明らかに年上だし、さんづけをしないなら「団長」と呼ぶしかない。

 「モディ」――出来なくはない、かもしれない。「ねぇ、聞いてよモディ~」と、そんな風に呼んで甘えてみたいな、という気持ちが小さく芽生えて膨らむ。

 「トリステス」――不思議と、これは許されない気がする。出自をきちんと聞いたわけではないが、リラの中では彼女はいいところの令嬢という過去をもっていることになっていた。

 そして、「アル」。

 隣の赤毛の青年を見上げる。

 他の三人よりも、きっと年は近いのだろう。トリステスと同じように育ちの良さを感じさせはするが、年齢という点では抵抗は少ないかもしれない。


「そういえば、アル――さんって、何年の生まれなんですか」

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