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第三話 お世話になります

 青年は、リラが奏でる旋律とは違う音を弾き始めた。なるほど、リュートがふたつあれば、こういう合わせ方もあるのか。今までずっと独りだったから、考えもしなかった。

 前奏が終わると、胡桃色の髪の女性がゆったりと歌い始めた。


――

静かな夜の中 月影が揺れる

幽玄なる光が 心に響く


遠き日の思い出 かすかによみがえり

深くため息 彼方へと消える


月影よ そっと照らし出して

この身を包み 安らかに眠らせて


遠くの風 さらさらと吹き渡り

悲しみの歌 ひとときの静寂に響く


永遠の調べ 心に刻みつつ

月影の下 夢の中へと誘う

――


 伸びのある素敵な声。聞き入っていると、青年の声がそこに加わった。驚いて横目に見ると、一緒にどうぞ、と頭の動きで促されてしまった。

 えい、ここまできたらと、リラも声を出す。おぉ……と聴衆がどよめいたのが、賛辞からなのか落胆からなのかは分からなかった。

 終わってみればあっという間だった合奏が終わり、広場はあらためて大きな喝采に包まれた。さっきまでよりも人が増えているように見えるのは、気のせいだろうか。


「得意な曲は?」

「えっと、同じ北方の曲なら……『深雪の村祭』とか」

「もってこいだ」


 リラの言葉に青年は頷き、すぐに弦を弾いた。ポロン、ポロンと始まった耳馴染みのある旋律は、どんどん軽快さを増していく。リラと向き合う格好になった青年の笑顔につられて、リラも思わず微笑み、負けじとリュートを爪弾く。

 太鼓の響きが加わり、横笛の音色が広がると、誰からともなく手拍子を打ち始めた。曲が中盤に差し掛かると、顔を赤くした数人が広場に踊り出た。さらに、数人がそこに加わる。踊りは次第に輪を描き、広場は祭りの様相を呈し始めた。

 楽しい――リラはこれまでに経験したことのない心の弾みを感じていた。青年に誘われ、立ち上がり、ステップを踏みながらリュートを弾き鳴らす。彼の笑顔に釣られ、自分も笑顔になり、周りを見ればみなが笑顔になっている。広場はまるで祭の会場になったかのように歓びの熱気に包まれた。

 即席の祭の期間は数曲に渡り、心地よい熱狂はいつまでも続きそうだったが、胡桃色の女性が団長の傍に寄り、何事か耳打ちをした。団長は頷き、ドン、ドドン、ドン、ドドン、小さめに、一定のリズムで太鼓をたたき始めた。


「今宵は素晴らしい時間をありがとう! 我ら『ウェルサス・ポプリ』音楽団一同、深く感謝を申し上げます!!」


 団長は高らかに語りながら、目の前に中くらいの樽を置いた。意味を察した聴衆が、そこに銀貨や銅貨を放り込んでいく。胡桃色の歌い手が気風の良い声で煽りを入れ、それでまた放られる銀貨が増えた。


「ありがとう。君のおかげで、素晴らしい盛況ぶりだった」


 青年が額に汗を浮かべながら微笑んだ。爽やかで、品のある笑顔。リラは、自分の顔が熱いのが演奏によるものなのか、はたまた別のものなのか、はっきりとは分からなかった。


「どこの音楽団に所属を?」

「えっと……」


 金鹿聖騎士団、と言いかけて、リラは口をつぐんだ。数時間前に退団したばかりだし、そもそも音楽団ではない。どう答えていいか逡巡して、リラは咄嗟に「フリーです」と答えた。嘘はついてない、と心の内で言い訳をしながら。


「それなら、もう少し俺達に付き合わないか」


 意図が分からず首を傾げるリラに、青年はニッと笑った。


「打ち上げさ」


 青年のいささか強引な雰囲気に圧倒されながら、宴の会場が彼らの定宿だと聞いて、リラは二つ返事で了承した。思えば、泊まるところも決まっていなかった。彼らと夕食をとって、そのまま一部屋借りられたらありがたい。さっき見知ったばかりの、名前も知らない一団と時間を共有することに警戒心が働かないわけではなかったが、彼らの様子を見ると悪人には思えなかった。

 彼らは手慣れた様子で片付けを済ませると、赤い髪の青年が団長に話を通し、リラは晴れて宴席に混じらせてもらうことになった。


「楽団長のベルムだ。よろしくな、リュート弾きのお嬢さん」

「リラです。お世話になります」


 深々と頭を下げるリラを見ると、ベルムは豪快に笑い声をあげた。


「そんなにかしこまるもんじゃねぇさ。見ての通り、しがない貧乏楽団だ。気楽にしてくれや」

「そうそう。こんなのが頭目をやってる一団なんだから、お行儀よくしてるほうが変になるってもんだよ?」


 歌い手を担っていた胡桃色の女性が横から顔を出してウインクをした。その隣には、笛吹の女性もいた。


「あたしはモディ。こっちの仏頂面がトリステス。よろしくね、リラちゃん」

「よろしくお願いします」


 リラの会釈に、トリステスはにっこり笑った。どこかの貴族の令嬢を思い出させるような、上品さを感じる微笑みだった。


「名乗ってなかったな。アルだ。よろしく」


 この場にリラを引き込んだ張本人、赤い髪の青年が胸に手を当てて言った。まるで騎士の礼のようだ。しかも、とても堂に入っているような気がする。楽団長曰く、しがない楽団だというのに。


「よっしゃ、自己紹介も済んだところで、宿まで歩くとするか。今日の稼ぎなら、腹いっぱい食えそうだ」

「稼ぎに関わらずいつでも腹いっぱい食ってるでしょうが、アンタは。ま、でも今日は気分よく楽しめるわね」


 ベルムとモディが笑いながら先頭を、その後ろをトリステスが静かに歩く。リラは最後尾でついていく形になり、隣をアルが歩いた。並んでみると、彼の身長はリラよりも随分高かった。

 何か話しかけた方がいいんだろうか、とリラがアルの横顔を見上げると、それに気付いた彼の方から言葉を紡いでくれた。


「フリー、と言っていたな。リュート一本で?」

「はい」

「ということは、吟遊詩人? かなり歌い慣れているようだったが」

「えっと、今は、そんな感じです。根無し草と言うか、なんというか」

「根無し草。俺達と同じだ。ただ――」


 言葉を引き上げて、アルは視線を下に傾けた。リラはハッとして、慌てて右手の爪を左手で覆い隠した。多くの人と同じ、ピンク色の爪。自分が聖女として落ちこぼれであることの証。こうして隠したところで、急に色が変わったりはしないのに。

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