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第二十九話 過去は変えられない

「あれ、違ったっけ?」

「違わない、けど……違わないけど、ほんと、いつまでも言い続けるよね、それ!」

「もちろん。だって、事実だもの」


 そう言うリラの表情は明るく、負の感情が彼女の中にはないのは見て取れた。だが、アルとしては、そういうことを言い合える関係性に強く興味をひかれた。


「出来ればどんな経緯なのか、教えてもらいたいな」

「そう言えば、私、大聖堂に居た頃の話ってあまりしたことがありませんでしたね」


 リラはもう随分昔になってしまった気のする光景を思い浮かべる。


「あの厳めしく巨大な施設の中には、一般の方向けの部分と、関係者以外立ち入れない部分とがあります。後者の中に、私達聖女の居住区画があって。聖女の色は『白』ですから、建物全体が白を基調にして造られていて……と言えば聞こえはいいですが、調度品の類もほとんどなく、ひどく殺風景な空間なんです。聖女にはそれぞれ個室が与えられますが、そこも必要最低限の物しかありません」

「希望すれば、好みの物は取り寄せてもらえるけどね。リラはリュートを買ってたし、ボクは好きな硝子細工を並べてたし」

「外に出ることも基本的に許可されないので、やることと言えば本を読むか、何か個人の趣味を見つけるか――」

「喧嘩するか、いじめるか、陰口言うか、僧侶にいたずらするか。あとは何があったっけな~」


 指折り数えるラエティティアに、リラもクスクス笑っている。


「意外だな。聖女というのはみな楚々粛々としている人ばかりなのかと思っていたが」

「そんなことありませんよ。聖女と言っても人ですから。おとなしい人、活発な人、攻撃的な人、無口な人、いろいろな性格の人がいます」

「そうそう。なんなら、とてもじゃないけど清楚とは言えないのとか、性根がねじ曲がったのとかね」

「私とラエは気が合って、いつも一緒でした。年が同じで、部屋も隣同士で、でも、しょっちゅう喧嘩もしてました」

「喧嘩するほど仲が良いっていう言葉の通りネ」

「ええ。それで、何がきっかけだったかは忘れてしまいましたが、子供らしい口論の最中、売り言葉に買い言葉で、ラエが私を『半聖女』のくせに、と罵ったんです」


 アルは話に聞き入っていた。話に興味を惹かれてというよりは、リラの表情が気になったのだ。自分を揶揄する言葉なのだから、言ってみれば呪いのあやのようなものだ。それなのに、彼女はまるで怒っている風はなく、むしろ楽しかった、喜ばしい思い出のように語っている。


「きっかけ、ボクはちゃんと覚えてるよ。リラばっかりヴィア姉に褒められてずるい、ってボクが愚痴ったのが始まり。リラが自分の『銀の爪』を気にしてることも、その分陰でたくさん努力していることも知ってたのに、あの時は何故かすごく突っかかっていっちゃったんだ。それで――」


 ラエティティアの視線が下に落ちて、光を陰らせた。


「言った直後の、あっ、しまった、っていうものすごく後悔した感覚もはっきり覚えてる。そのときのリラの顔も。時間を巻き戻せるなら、あの瞬間に戻って自分の口を縫い付けてやりたいくらいだもん」

「それは駄目。だって、そうしたら、そのあとでラエが言ってくれた言葉までなくなっちゃうもの」


 どうやら、その言葉というのがエピソードの核心のようだ。アルは期待を込めながらも、何も口を挟まず耳を傾ける。


「それに、実際にはラエだけじゃないしね。陰で自分がそう呼ばれていることは、ずっと聞こえてたもの。面と向かって初めて口にしたのがラエだった、っていうだけで。でも、その日を境に、少なくとも私の耳には『半聖女』という言葉は届かなくなっていったのよね。ラエのおかげで」


 顔を赤くしたラエティティアが鼻を掻く。


「続きを聞いても?」

「ええ。喧嘩の後、少し経って、ラエが若い僧侶を組み敷いている場面を見かけたんです。あわてて止めに入ったら、彼が私に「もう言わないから勘弁してくれ」と言って泣くんですよ。どういうことかと問い詰めたら、ラエが、『半聖女』って言った人を全員とっちめて回っていたことが分かったんです。意味が分からなくて、その場で私はラエに聞きました。ね?」


 太陽色の髪と同じくらいに赤くなった顔で、ラエティティアが言葉を紡ぐ。


「罪滅ぼしっていう言葉でいいのかな。リラを傷つけてしまった過去は変えられないけど、これから傷つくかもしれない未来は変えられるって思ったんだ。それで、手っ取り早く、口さがない連中を脅して回ったらいいかな、って。かれこれ、一週間くらいはやってたかな」

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