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第二十八話 みなまで言うな

「ラエ、あのね――」

「よいよい、みなまで言うな。親友のボクには、ちゃ~んとお見通しだから」


 太陽色の髪の聖女は嬉しそうに口元に笑みを浮かべ、自信たっぷりに腕を組んで顎を上げた。


「愛――だね」

「え?」

「見つめ合う二人を見て、ピンと来ちゃったな~」


 ふふんと鼻を鳴らし、ラエティティアが勢いよく席を立った。そして、大きな身振り手振りを交え始めた。


「ある日、旅の音楽団がコルヌの都に立ち寄った。演奏の評判を聞きつけ広場へ向かったリラを待っていたのは、凛々しい青年との出会いだった……」


 おもむろにムスケルが立ち上がり、ラエティティアと向かい合ったかと思うとドッと跪いた。


「あぁ、なんて素敵な方なの。この人と添い遂げたい。でも、私には聖騎士団専属の聖女という立場が……」

「お嬢さん、どうかすべてを捨てて、僕と一緒になってくれないか。共に世界中を旅してまわり、愛の歌を共に歌いましょう!」


 ラエティティアは妙に低く声を出し、ムスケルは裏声だ。どうやら、それぞれアルとリラの役を演じているらしい。急に始まった寸劇にぽかんと口を開けるリラとアルだったが、傍にいた聖騎士達は「おっ、始まったぞ」とわくわくした顔をして近づいて来た。どうやら、桃熊聖騎士団ではよくあることのようだ。

 二人はあちこちをうろうろ、独白をしては立ち止まり、立ち止まっては歩いた。そしてまた中央に戻ってきて、互いに向かい合う。


「あぁ、たとえ『はぐれ』と呼ばれても、私はこの人と一緒に行きたい! さよなら、コルヌ、さよなら、聖騎士団!」

「ありがとう、リラ! 僕は必ず君を幸せにして見せるよ!」


 お~、というまばらな歓声と小さな拍手が送られた後、二人は何事もなかったかのように席に座り直した。


「――とまぁ、こんな感じ? この顔立ちで同じリュート弾きだもん、リラがころっといっちゃうのも無理ないか」

「ひ、人聞きの悪いこと言わないで、ラエ。別に、私とアルさんはそういう……」


 顔に熱を感じながら、横目でアルを見る。見ながら、自分とアルはどういう関係なんだろうと言葉が出てこない。旅の仲間、音楽団のメンバー。でも、それ以上の関係を望んでいる自分はいないだろうか。アルの方は、困ったような表情で口を一文字に結んでいる。


「彼の魅力はそれだけじゃないわよ、ラエティティア嬢」


 ムスケルが眼光鋭くアルを見た。


「あなた、相当出来るわよネ? 剣を抜かずに四人の暴漢を叩きのめしたって話もそうだけど、その腰の剣の意匠と拵え。ロクス・ソルス王国の名工グラディウスの作に間違いないわよネ。かの職人は、自分が認めた実力者にだけ剣を鍛えると聞くわ」

「……よくご存知だ。必要ないと思って話していなかったが、俺も仲間もロクス・ソルスの出身で、これは確かにグラディウスによる一振りだ。彼は老練の鍛冶師で長生きしてくれてはいるが、まさかその名が他国にまで知られているとは」


 まぁね、とムスケルが鋭い視線でアルに応える。その目は、リラがこれまでに見たことのない、いち剣士としてのムスケルの目だった。


「こう見えても、アタシ、聖騎士団を預かるまでは王国騎士団で北方全域を担当してたの。かの国については色々と聞いて詳しいつもりよ。何度かロクス・ソルスの王国騎士団と合同訓練もさせてもらったしネ」


 アルはぎこちなく笑って返した。

 内心は冷や汗ものだった。自分の顔がロクス・ソルスの王族だと割れていて、それを指摘されてしまえば、これまでリラに事実を告げないで来たことが明らかになってしまう。いつかは伝える時が来るかもしれないと思ってはいるが、細心の注意を払って、最大の敬意をもって行わなければ、彼女の心を深く傷つけてしまうだろう。少なくとも、不意の再会から唐突に明かされるようなことではない。


「ムスケル団長が相手だと、ロクス・ソルスの騎士達もひとたまりもなかったんじゃない?」


 ラエティティアが楽観的に声を紡ぐと、青髭の団長はふるふると首を横に振った。


「国全体の戦力で言えば、ロクス・ソルスはステラ・ミラにもテラ・メリタにも敵わないわネ。でも、それは数が違うから、というだけの話よ。ひとりひとりの士気の高さ、技術の巧さ、そして総合的な強さには目を見張るものがあったわ。とりわけ、騎士団長だったイイ男の……あら、名前をド忘れしちゃったわね、確か、えーと、なんて言ったかしら、バルド? いえ、ボル……う~ん――」

「ひとつ聞きたいんだが」


 ムスケルがうんうん唸るのを遮って、アルが言葉を紡ぐ。ムスケルも含めた三人が、視線を赤毛の青年に預けた。


「リラがこんな風に、誰かとフラットな感じで話すのを初めて見た。ラエティティア殿とリラとは、どういう?」


 問われたラエティティアが、満面の笑みで嬉しさと親しみを表現する。その朗らかさは、見ていたアルが思わず笑顔になってしまうほどだった。


「ボクとリラは、同じ年に大聖堂に引き取られたんだ。だから同期であり、親友であり、なんなら姉妹とも言えるよね?」

「どうかなぁ……ラエが私を『半聖女』と呼んだ最初の人物なのは間違いないとは思うけど」


 顎に指を当てて言うリラに、ラエティティアは明らかにぐっとなった。眉をしかめて、しかしどう反論するべきか迷っている風に、唇を震わせている。

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