第二十七話 ふぅん
「ラエ……久しぶり」
太陽の色の髪の聖女が、グスッと鼻を鳴らす。
「どうしてボクに一言も言わないで都を離れちゃったのさ……すごく心配してたんだからね……」
「ごめんね。でも、ちょうど桃熊聖騎士団は遠征に出ていたタイミングだったし、急だったから、伝える手段もなくて……」
「あらあら、ラエティティア嬢ったら、いつもの明るく元気いっぱいな様子が見る影もないわネ。ま、無理もないけど。長話になるに決まってるんだから、場所を変えましょ? アタシもゆっくり話を聞きたいもの、そっちの赤髪の可愛いおぼっちゃんのこととかネ」
バチコンと音が聞こえるくらい強烈なウインクを受けて、アルは全身に鳥肌が立つのを感じた。
大量のホットドッグは、宿舎の広い食堂に並べられ、ちょうど休憩中だった騎士達もご相伴に預かることになった。桃熊聖騎士団の騎士達は和気あいあいとしていて、誰もが客人のリラとアルをあたたかい雰囲気で出迎えた。
「旅の音楽団として辺境を渡り歩きながら浄化の活動もしてきた、って……なんて高潔なのっ、リラ嬢っ! アタシ、感激して泣いちゃうっ!」
何本目になるか分からないホットドッグをもぐもぐ言わせながら、ムスケルが目に涙を浮かべる。
リラは金鹿聖騎士団を脱退した理由について、ファルサによって自主退団に追い込まれたとは言わなかった。仮にそうした場合、目の前の二人が感情的になり、自分に寄り添ってくれるのは目に見えていた。そして、おそらくムスケルもラエティティアも、コルヌの都で何らかのアクションを起こしてしまうだろう。
だが、それによって聖騎士団に混乱が生じ、連携が取れなくなってしまうと、最終的に困るのは民だ。辺境で瘴気の被害に喘ぐ人々だ。それは、リラが望むことではなかった。
リラ自身、ファルサに思うところがないわけではなかったが、少なくとも今この瞬間は、彼女に対する負の感情よりも旧知の仲に再会した喜びが遥かに勝っていた。
隣で説明を聞いていたアルも、リラの思惑を察して話を合わせていた。
「リラが自主的に『はぐれ』に、ねぇ。ふぅん……」
鮮やかなオレンジ色の髪の毛先を指でいじりながら、ラエティティアがリラとアルを交互に見つめた。
「ボクとしては納得いかないんだよなぁ」
「ど、どうして?」
「リラの歌が上手いのは、同じ時期に大聖堂に居た聖女なら誰だって知ってるよ? でも、だからって急に旅の音楽団になんて転向するかなぁ。貧しい人達の浄化にこそ力を入れるべきだって訴え続けて、聖女みんなが及び腰になってた所に、聖騎士団の専属に立候補するような、あのリラが、さ」
それは、と言葉を紡ぎながらも二の句が出てこないリラに、ラエティティアは続ける。
「なぁんか、隠してるよね。昔から、嘘とか隠し事が出来るタイプでもないし」
リラは『聖歌』について触れていなかった。
南の海岸をぐるりと回って浄化を成し遂げた『聖歌』の力は、もはや疑うべくもない。だが、それを大聖堂に伝えるのは控えた方がいいかもしれない――それは、この街までの道中で、リラがアルから伝えられていたことだった。
「私だけの特別な力である可能性……ですか」
「ああ。大聖堂の長い歴史の中で、リラのような力を持つ聖女はひとりも確認されていないんだろう? 同じように、片方だけが『銀の爪』という聖女も存在しなかった。これらを結び付けると、おそらく、『銀の爪』に顕現するはずの浄化の力がリラの場合は声に宿った、と考えられる。まぁ、その部分は置いておいたとしても、リラは唯一無二の存在、ということは確かだ」
嬉しそうに語るアルを見て、リラも思わず顔がほころんだ。だが、それからすぐにアルの表情は真剣なものへと変わった。
「だが、と言うべきか、だからこそ、と言うべきか、『聖歌』の力については当面は他言しない方がいいと思う。リラの真価を知って、俗物法王と陰口されるプドルがどんなアクションを起こすかは、想像に難くないだろう?」
「……」
リラは頷きこそしなかったが、否定も出来なかった。
法王プドルの名は、もはや悪名といって差し支えない。何かと理由をつけて寄進額を吊り上げ、そのくせ、聖女の待遇や辺境への聖堂伝播などの取組は一切しない。では何に金をかけているかと言えば、益体の無い装飾物や上役の給金、あるいは詳細不明の交際費だ。
ある聖女などは、プドルが「聖女は金の成る木だ」と発言しているのを直接耳にしたという。リラが痛みの反動無しで際限なく浄化を出来ると知れば、強硬的に身柄を確保しに出るかもしれない。
「リラ、まさかとは思うけど……」
旧友の強い視線がリラを刺す。
リラは思わず目を逸らし、どうすべきかアルに視線を送ってしまった。アルもそれに気付きながら、助け船を組み立てられずに口をつげないでいた。
「やっぱり! 絶対そうだ!」
二人が視線を合わせたのを見て、ラエティティアが声を上げる。




